柳子新論抄  「大體第四」 

●山縣大貳先生、『柳子新論』「人文第三」に曰く、
『柳子曰く、天下國家を治むる者は、先づ、其の大なるものを治めて、而して小なるものは之に從ふ。故に大利は興さゞる可からざるなり。大害は除かざる可からざるなり。何をか大利と謂ひ、何をか大害と謂ふ。
君は仁に、臣は賢にして、善人政を爲すは、天下の大利なり。君は暴に、臣は愚にして、小人事を用ふるは、天下の大害なり大利興らば則はち大害止み、善人擧げらるれば、則はち小人伏す
古語に之れ有り、曰く、權衡誠に懸くれば、欺くに輕重を以てす可からず、繩墨誠に陳(つら)ぬれば、誣ふるに曲直を以てす可からず。規矩誠に設くれば、罔(くらま)すに方圓を以てす可からず、と。
夫れ聖人の道は、權衡なり。繩墨なり。規矩なり。之を懸けて、以て輕重を正し、之を陳べて以て曲直を正し、之を設けて、以て方圓を正さば、何の利か興らざらん、何の害か除かれざらん。~云々』、
※改行は野生による。

 ○「大體第四」の解説に曰く、
『大體--。概略の謂でなく、基準大格の意。幕末の志士、平野國臣先生に、「大體辨」なる有名な紙撚字の論策があるが、これと同一用法である。本章は前章(※「人文第三」のこと)と異り、意味はよく通つてゐる』と。

 ○内容の解説に曰く、
天下國家を治むる大眼目として、大利を興し、大害を除くことを擧げ、それは正しい人物を重用することによつて可能なりとするもの。-善人擧げらるれば、則はち小人伏す(※原文「善人擧則小人伏」)- これは實に卓見である。法律制度は自ら動くものでなく、人に俟つてはじめて用を爲すものであるが故に、その人を得なければ如何ともし難く、又た運用者がたゞ名利を求むる場合には有害無益となる。さればこそ聖徳太子は、憲法十七條の第七に、「人各任有り、掌ること宜しく濫れざるべし。其れ賢哲官に任ずるときは、頌音則ち起り、姧(左の上下「女」+右「干」=かたましき)者官を有つときは、禍亂則ち繁し。世に生れながら知ること少なけれど、尅(よ)く念ひて聖を作せ。事大小となく、人を得て必ず治まる。時急緩となく、賢に遇ひて自ら寛なり。此に因りて國家永く久しくして、社稷危きこと勿(な)し。故(か)れ古の聖王、官を爲(さだ)めて以て人を求む。人の爲に官を求めたまはず」と仰せられたのであり、北畠親房公が神皇正統記に政道を論じて「一には其人をえらびて官に任ず。官に其人ある時は、君は垂拱してまします。されば本朝にも、異朝にもこれを治世の本とすと云ひ、藤田東湖先生が、彰考館總裁川口嬰卿を彈劾して「心術不正者不宜預館職(心術正しからざる者は、館職に預かる可からず)」と建白したのも亦、その爲であつた。法制が時代の推移によつて改正せらるべきは勿論であるが、我國古來の正しい教に從へば、政教の根本はあくまでも制度ではなく人である』、

 上、鳥巣通明翁の解説に留意す可し。

 餘談であるが。當時、誰れぞ知るらん、こののち、所謂る「田沼時代」が到來せんことを。大貳先生の憂慮せる、人材なくして場所あり、場所なくして人材ありの環境が、田沼意次なる小人に幕政を一層腐敗させしめたるは、後世に傳へらるゝところである。
◎醫官 喜多村直寛氏、隨筆『五月雨艸紙』に曰く、
『天明安永の頃は、田沼侯執政にて、權門賄賂の甚しく行はれて、賢愚を問はず、風潮一に此に趣きたるが、其折には長崎奉行は二千兩、御目附は一千兩といふ、賄賂の相場立ちしと申す位なり』と。
◎『江都見聞集』に曰く、
『主殿頭(田沼意次のこと)常に云るは、金銀は、人々の命にもかへがたき程の寶なり。其寶を贈りても、御奉公いたし度しと願ふほどの人なれば、其志、上に忠なること明なり。志の厚薄は、音信の多少にあらはるべしといへり。又云るは、予、日々登城して、國家の爲に苦勞して、一刻も安き心なし。只退朝の時、我邸の長廊下に、諸家の音物おびたゞしく積み置たるを見るのみ、意を慰するに足れりといへるとぞ』と。

 三河武士の氣概最早昔日の如し、既に幕府内に存せず。幕政を預かる者は賄賂の歡迎者、且つは獎勵者と墮し、幕府の屋臺骨は將さに朽ち果てんとする一方であつた。
 明和に於て、既に如何程賄賂の惡習が横行してゐたか、野生は定かな判斷を得ない。されど大貳先生による上記の道破は現代に於ても參考とす可き論であることは疑ふ可くもない。



 閑話休題。
●大貳先生の曰く、仝、
『則はち、今の政に從ふ者、自ら其の謀を出す能はず、自ら其の慮を發する能はず。率(おほむね)、先世の事に因循して、可と不可とを問ふことなく、輙(すな)はち曰く、故事爾(しか)り、故事爾り、と。事の窮む可からざるを如何ともすること無きなり。夫れ、故事の因る可きは、先王の立てし所、賢者の定めし所、歴試、政に害なく、數行、事に益あるものにして、而る後に可なりとなす。不可なれば則はち其の意を觀、其の情を察す。之を古に考へて悖ることなく、之を今に試みて戻ることなくんば、方(まさ)に以て有政に施す可し。何ぞ必ずしも拘拘として、唯だ故にのみ之れ由らんや。~云々』、

 上記は、古の歴史的考察を顧みず、啻に盲目的前例蹈襲主義を墨守し、徒らに失政に失政を重ねてゐることを批判したもの。こゝで云ふ“故事”とは、つまり幕府の因循姑息な制度、政策、傳統等に就て限定したる謂だ。古の日本の制度、政策を指して云ふてゐるのではない。
 當時の幕府は、幕府創設以降の傳統主義であり、形式主義であり、格式尊重の風潮が重きを爲してゐた。然るもそれ、本質に於いて今日の政體と何ら變はるところない。




●大貳先生の曰く、仝、
『況んや今の世は、戰亂の後を承けて、制作の時を距(さ)ること千有餘年、世其の世に非ず、國其の國に非ず。禮の因る可きものもなく、法の襲(つ)ぐ可きものなきをや。然らば則はち、其の所謂る故事なるものは、唯だ是れ割據の遺俗、戎蠻の餘風、此を以て天下の民を禦する。其の事を敗り物を蠱(こ、※そこなふ、の意)するに非ざるものと幾(ほとんど)、希(まれ)なり』、

 これは更らに徹底的に痛罵したもの。『唯だ是れ割據の遺俗、戎蠻の餘風(※原文「唯是割據之遺俗、戎蠻之餘風」)』は、如何にも痛快だ。




●大貳先生の曰く、仝、
『偶々其の不可を知りて之を改むること有るも、亦た唯だ苟且の輩(こうしよのやから 、※その場凌ぎの者、の意)、一時の利を見るのみにして、後の害を圖らざれば、則はち朝には之を是とすれども、夕には之を非とし、昨(きのふ)は則はち得なれども、今(けふ)は則はち失にして、飜覆波瀾の如く、變態風雨の如し。群聚事を議し、雜駁論を立て、曾て一事をも之れ決すること能はず、依違之を久しうし、荏苒(じんぜん、※徒らに歳月が過ぎる、の意 )時を過ごし、譏を群小に取る者、滔々として皆然り。是れを以て、其の事に從ふ者は、利を見て進み、害を見て退き、唯だ其の罪を免れんと欲するのみにして、其の身を致すことを欲せず、讒諛其の間を窺ひ、便嬖其の虚に乘じ、財を出して事を成し、貨を齎して私を求め、賄賂の俗、朝野に公行せり。故に貧者の萬善は富人の一非に勝つ能はず。而して人、其の誣罔に勝へず。且つ士の青雲に志すや、才不才を論ずるなく、善く賂ふ者は之を得、善く賄はざるものは之を失ふ。得失の際、憂懼交々に至る。是れを以て日々に權貴の門に走り、屑々乎として唯だ幸ひをのみ之を求め、甚しき者は其の産を破り、其の家を傾け、俸祿給せずして(※下記參照)、妻孥を鬻ぎ、罪惡自ら其の禍を買ふ者あるに至る、何ぞ其の不智なるや。是の如きの輩は固より經藝の一端をだに知らず、奚ぞ以て治安の策を擧ぐるに足らむや。縱(たとひ)、其れをして一官に居るを得しむるも、志す所は財利に過ぎず。財利の人を以て財利の權を執らば、財利財利、財利何れの時にか已まん。是れ皆其の害の大にして且つ見る可きもの、而も一人として其の非を知るもの無きなり。豈に愚の甚しきに非ずや』、

※『俸祿給せずして(※原文「俸祿不給」)』。俸祿だけでは足りず、の意。

 上記も、憂憤だ。固より、今日の世相にも酷似してゐる。三上卓先生の『青年日本の歌』の歌詞にも似たやうな意がみられる。畢竟、何れの世に於ても、正眼視を有する民の頭痛と心痛の種である。而、皇國に於ては社會の腐敗は大概、政界の住人から開始せられることを識る可し矣。




●大貳先生の曰く、仝、
『董仲舒曰く(※下記參照、一)、政を爲すの用は、之を琴瑟に譬ふ。不調甚しければ、必ず絃を解きて之を更張す。乃はち鼓す可きなり、と。今や天下の琴瑟不調も亦た甚し(※下記參照、二)。是れ宜しく更張す可きの秋(とき)なり。機は失ふ可からざるなり。士を擢んでて相と爲し、卒を拔きんでて將と爲すも、固より不可なること無きなり。義を以て禮を興し、禮を以て人を制し、賢良の士を擧げて諂諛の徒を誅し、賄賂の途を塞ぎて廉恥の端を開くに若(し)かず。而して後、始めて治を謂ふ可きなり。而して後、始めて道を語る可きなり。是れを之れ、天下の大政と謂ふ』と。(「大體第四」完)

 ○内容の解説に曰く、
『幕府に人なきを指摘した後をうけ、今こそ一大改新の時なりと明言し、その爲に政治の大體を述べてこの章を結んでゐる』。

※ 一。『董仲舒曰く(※原文「董仲舒曰」)』。
 漢書「董仲舒傳」のこと。この章では、「董仲舒傳第廿六」にある董仲舒の言を述べてゐる。

※ 二。『今や天下の琴瑟不調も亦た甚し(※原文「今也天下之琴瑟不調亦甚矣」)』。
 今日、天下の政治は殆どなつてゐない、の意。



 『機は失ふ可からざるなり(※原文「機不可失也」)』の一文に明らかな通り、大貳先生は、その理論を主張するに止まらず、その實踐をも主張してゐる。且つ全文を拜讀すれば、そは、幕政改革に非ずして、倒幕だ。



 愚案。・・・ぢやない、不安。
 今更らではあるが、若しかして、「柳子新論」抄は、備中處士樣しか讀んでくれてゐないのではないか。いや、ひよつとしたら、木川選手も讀んでくれてゐるかも・・・・。
 日曜日、神奈川の海法選手の曰く、「讀んでゐます」と。
 一昨日(月曜日)、大阪の志賀選手の曰く、「日乘讀んだのだけれども、語句が六ケ敷いですね」と。
 昨日深夜、熊本の鈴木田選手より電話あり。折から野生の日乘の話しとなつた。彼れに感想を求めむとするに彼れの曰く、「全然讀んでません」と。
 鈴木田選手は好青年だ。彼れの特徴は素直過ぎることだ。それは彼れの長所でもあり、同時に、短所でもある。

 
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by sousiu | 2012-05-02 11:02 | 良書紹介

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