柳子新論抄  「通貨第十一」 

●山縣大貳先生、『柳子新論』「通貨第十一」に曰く、
『柳子曰く、食を足すの道は、農事を勸むるより先なるは莫く、貨を通ずるの計は、物價を平にするよりも先なるは莫し。
税斂を厚くせざれば則はち農勸む。商利を縱にせざれば則がち價平なり。古の時、帝王能く其の農を勸めたりき。 ~中略~
輓近以來、邦國の租、或は什に五六を收め、加ふるに調と庸とを以てしたれば、則はち稼穡の力は、卒に其の費を償ふ能はず。是れを以て田野、日に荒れ、農事日に怠る。怠れば斯に窮し、窮すれば斯に濫し、濫すれば斯に軼(いつ)す。軼して復へざれば、則はち年穀登(みの)らずして食足らず。唯だ夫の商賈のみは則はち然らず。
價賤しければ則はち居し、價貴ければ則はち廢し、廢居己に在りて、利は掇(手偏+「女」×4=ひろひと、拾ふの意)るが如し。且つ大商の人を食ふや動もすれば千百に至り、奴隸藏獲、帛を衣(き)、肉を食ひ、徒手肆(し)に居る。擧止、亦た何の勞か之れあらん。況んや其の用ふる所の凡百の器玩、鏤金彫玉、貳なく雙なきもの、府に實(み)ち庫に充ち、娥眉皎齒、容有り姿有る者、坐に滿ち席に盈(み)つ。其の餘の金帛は、藏して發せず、納めて出さず、倚疊して山の如く、委積して丘の如し。地を買ひ宅を買ひて、一夫或は千戸を私し、房を賣り舍を賃して、一人或は鉅萬を占む。 ~中略~
夫れ然らば則はち天下の貨は之が爲めに足らず。而して財は之が爲めに通ぜず。
是れを以て萬世古錦の美なるものは、方寸或は千金に値し、刀鐶の精なるものは、一枚或は萬石に當る。故に士の祿秩有る者も、終身其の美を服する能はず、而して累世其の精を用ふる能はず。豈に翅(たゞ)に衣服器玩を然りと爲すのみならんや。薪蒭魚鹽五土の利より、鍛冶陶鑄百工の事に至るまで、一に商旅の占むる所となりたれば、則はち物價の騰躍、端倪す可からずして、天下の幣は悉く市鄽(「广」+「墨」+邑-おほざと-=てん)の間に集まれり。故に今の世は、公侯百里の國も以て其の獨孤を恤むに足らず。卿相萬戸の封も、以て其の矜寡を憐むに足らず。大夫も以て其の家事を治むるに足らず。士も以て其の妻孥を養ふに足らず。農工も皆以て其の債を償ふに足らず。足らざれば之を商賈に假る。一歳の息、或は其の母に倍蓰(草冠+「徙」=し)(※下記參照、一)、衣を■(「貝」+ひとやね)+示=しや)し、財を典し及び妻孥を質と爲す者有るに至る。天下の不利孰れか焉(これ)より大ならん。
此の時に當りて、俗吏の政を爲すや、群議終日、卒に一策をも得る能はず(※下記參照、二)。徒に聚歛附益を務めて、此に取りて彼を忘れ、忽々として東西に奔走すれども、曾て一賈豎をだに制するを得ず。亦た何ぞ一朝の食に益あらんや』、(※改行は、野生による。下記然り)


 これまでの章に於て「食」を足す策として勸農を縷々述べられた大貳先生が、次に訴へんとするは、物價を平らかにする必要に就てである。

 勸農を實現する爲めには、農民からの年貢を緩和させねばならない。
 因みに、歴史上、農家からの税制を概觀するに、奈良平安時代は十に對し、約二を徴税してゐた、とある。
 鎌倉時代に入ると、四公六民(收穫の四割を領主、六割を農民の所得とする税法)、乃至は五公五民(簡單に云へば50㌫)。
 室町時代は三公七民、四公六民、五公五民など、一定せなかつた。
 豐臣氏時代では二公一民。
 江戸時代では豐臣氏の二公一民は廢され、五公五民の法によつたと云はれるが、實際上租率は一定してゐなかつたと傳へられる。寶暦では、大體四公六民、或は五公五民であつたと推定される。
 固より幕府は、「百姓は飢寒に、困窮せぬ程に養ふ可し」(昇平夜話)の考へもて、農家に接した。
 「胡麻の油と百姓は、絞れば絞るほど出るものなり也」と。

 いづれにせよ、前章にある如く、各農村は次々に疲弊し、農民人口は減少し、畢竟、武家の窮乏につれて從來の年貢のみならず、賦役・雜税が逐次加税され、農民の負擔は殆ど全餘剩に達し、その生活は苛酷を極めた。
 加之、商人擡頭によつて、物價は操られ、貧富の格差は益々以て擴大した。

◎山鹿素行先生、寛文年間に著したる『山鹿語録』に曰く、
『帝都公城の繁昌なる地にては、人多く相あつまるを以て、諸色のあたい日々に増減ありて、奸曲の商賈、利を逞しくすること多し。その故は、財寶を豐にたくはへたる商賈、その中間ひそかに相通じて、その時やすきものをかいこみ、そのきるゝを待て世間に出して、あたひを高くし、云々』と。

 既に寶暦よりもはやく寛文に於ても、町人が物價を左右したこと、然もそれが禁令であつたにも關はらず公然と行はれてゐたこと明瞭ではないか。

 よつて大貳先生、民を安ずる社會の爲めには、勸農と、そして通貨の計たる平物價を主張したものだ。

 ※參照、一。「一歳の息、或は其の母に倍蓰(草冠+「徙」=し)し、(原文「一歳之息倍蓰其母)」の意。
 高利貸の暴威に就て述べたるもの。一年間の利息が、元金の數倍に及び、遂に返濟出來ず、農民の場合には土地喪失、零細農家、小作人化の選擇しかなく、或は子女弟妹を質とし差出さねばならなかつた。

 次いで「妻孥を質と爲す」とは、寧ろ子供や弟妹を質に入れ、金錢を借用すること。
 何れにせよ、悲境の極はみである。

 ※參照、二。「此の時に當りて、俗吏の政を爲すや、群議終日、卒に一策をも得る能はず(原文「當此之時。俗吏之爲政。群議終日。卒不能得一策」)
 江戸時代、まさに然りであつた。役人の無能、不知、糊塗、甚しきは商賈と密月の關係があつた者まで少々ではない。
 そのやうな彼れらが、どうして農村問題を論じて根本的解決策を講じ、且つ、商人の暴利を統制しようものか。得てして、彼れら幕吏も亦た、おのれ一個の安泰と保身のみであつた。誰れぞ之を知るらん、無策はやがて、自身の禍難となつて下つてくることを。田畑の荒廢は幕府の自滅を齎す遠因だ。されど、彼れらの眼中に經綸無し、皆々おのれ一人一家の繁昌を願ふある而已。



●大貳先生の曰く、
『然らば則はち之を如何にせん。
曰く、商は天下の賤民なり。天下の賤民にして、天下の豪富に居り、肥を食ひ、輕に衣るは、固より其の所に非ざるなり
而して(ほしいまゝ)に天下の財を廢居し、天下の貨を出納するは、罪亦た大ならずや。何ぞ、其の官を建て、其の法を立て、之をして農と共に食ひ、工と共に居らしめ、凡百の玩好、一切之を禁じ、高閣重門、一切之を止め、從はざる者は之を刑し、改めざる者は之を罰せざる。之を賣る者多くして之を買ふ者少ければ、則はち居する所の者は必ず廢し、而して聚(あつ)むる所の者は必ず散ぜん。散ずる者多ければ、則はち售(う)れず。售れざれば則はち必ず其の價を減ず。
而して後に能く其の眞贋を辨じ、能く其の精粗を明にし、利多き者は之を征し、蓄多き者は之を賦す。此の如くんば、則はち物價、自ら平にして、貨財自ら通ぜん。 ~云々』、


 こゝでも大貳先生は商人の統制を主張する。
 元來、武士は武力及び學問の力によつて社會の秩序維持に貢獻し、農工は生活の必需品を生産し、社會に貢獻する。
 而して商は、士農工の間に在つて周旋し、小にしては各人の生活の爲め、大にしては國家の經營の爲め、流通を圓滑ならしめるが本分である。だがその分を越えて、商人がひとり營利を最高の目的とし、爲めに物價を調整するに及んでは、これを賤民と呼ばざるを得ない。
 商の分を越えたところに問題を指摘し、こゝでもやはり大貳先生は、正名論を堅持し主張する。




●大貳先生の曰く、仝、
『然らば則はち天下の大利は豈に之に止まるのみなるか。曰く、否、然らず。
今、天下の士大夫、請を託して官を得、賂を納れて貴を取れば、則はち饕餮の族(※貨財及び飮食を貪る者のこと)、廟堂の上に盤桓し、貧賺の俗(※「貧」はむさぼる、「賺」は欺き騙す、の意)、輦轂の下に羅織(※罪無き者に罪を織りなす、のこと)す。故に士庶人の贄、或は一家の産を破り、卿大夫の贈、率ね一歳の俸を傾く。之を贈る者多くして、之に酬ゆる者寡(すくな)ければ、則はち貨は皆、威權の門に娶る。
則はち士大夫の其の身を立てんと欲する者は、十室の邑憺石の俸、奚ぞ以て其の妻孥を養ふに足らんや。是れを以て其の仕進を志す者は、唯だ其の富を欲し、其の利を羨み、貧慕(たんぼ)の情一たび萌して、而して廉恥の心罷む。其の教化に害あるもの、一なり』、

 これは、財通ぜず、貨足らざる原因を、官吏の腐敗にあるとし、大害を五ケ條に及んだもの。
 其の一は、官吏の志、墮し、金銀に眩惑されることを指摘したもの。


●其の二也。
『又た其の權貴に居る者、必ずしも無欲ならず、而も之に贈る者、必ずしも無辭ならざれば、則はち已むを得ずして之を受く。數贈り、數受くるに及びては、則はち必ずしも囘護無き能はず、而して之を薦め之を擧ぐるに、必ずしも其の賢愚を問はず。是れ名は人を選ぶと稱して、而して實は官を賣る者たり。其の政事に害有るもの、二なり

 賄賂が、人事の左右するに至るを指摘したもの。


●其の三也。
『且つ士大夫の官に在る者、己、賂ふ者をば之を好み、善く賂はざる者をば之を惡む。宦官、官妾之に乘じて以て其の利を貪り、以て其の欲を達し、忠信の士、退きて、貧戻の俗進む。是れ其の風俗に害あるもの、三なり

 當然の如く、富める佞人は有用され、貧せる傑士は疎んじられる。人世の金銀に制せられつゝあることを痛罵したものだ。


●其の四也。
事を求むる者は唯だ彼れの欲に乘じ、之に啖(くら)はしめて、以て己が事を濟せば、則はち權勢の家に轍迹絶えずして、罷官の門に雀羅設く可し。是れ其の人情に害あるもの、四なり

 賄賂がモノを云ふ時代に於て、權力を有する者の家には訪問客は賑はうけれ共、一端、官をやめるとなれば既に用はなく、雀羅(雀をとる網)を設けねばならぬほど、絶えて訪れる者もゐなくなる樣子を説明したもの。人間關係を利害得失に化せしめる賄賂横行の世を悲嘆する。


●其の五也。
『權勢の家、其の臣妾の寵が有る者は、固より論なきのみ、僮僕奴婢の屬に至るまでも、亦た皆、其の私を受けて、而して其の財を富まし、肉を食ひ、帛を衣、逸居終歳、奢侈其の分に過ぐ。是れ其の制令に害あるもの、五なり

 「分」は、東洋に於ける社會生活の基礎となる考へである。二宮尊徳翁の『分度を守る』の教を例に出すまでもない。


●大貳先生の曰く、仝、
『五つのものは、皆天下の事に害あり。而して、財之が爲めに通ぜず、貨之が爲めに足らず。豈に禁ぜざる可けんや。
敢へて、望むらくは、公侯以下の常制を立て、聘幣數有り、問遺禮を以てして、饕餮の族を却けて、貧賺の俗を移し、犯す者は之を刑し、違ふ者は之を罰せんことを。則はち高貴なる者は必ず廉にして、卑賤なる者は必ず直ならん。夫れ然る後に公侯能く其の社稷を守り、卿大夫能く其の祿位を保ち、士と庶人と能く其の身を安んじ、以て其の妻子に及ばん。
是れ誠に天下の大利なり。俗吏の計は此に出でずして、一切に打算費用の法を行ひ、朝を汚し士を浼(三水+「免」=けが)し、濫りに民と利を爭ひ、上は勢利の人に付き、下は制を賈豎に受け、天下の財をして日に通ぜず、食をして日に足らざらしめ、而して身、自ら窮するは、至愚と謂ひつ可し

 こゝに官吏の腐敗として指摘された文章は、必ずしも二百年前のことゝして等閑にすることは出來ない。頻々として續出する高位高官の疑獄事件を見れば、吾人はこれを昔日の問題として決して笑ふことは出來ぬ。





●大貳先生の曰く、仝、
『客に政治を議する者有り。曰く、財を通じ、食を足すの道は、既に命を聞くを得たり。敢へて敬從せざらんや。唯だ夫れ物の貴賤有るは、必ずしも多寡に由らざるが如く然り。古は米石に二兩にして、尚ほ且つ以て太(はなは)だ貴しと爲さず。今や價其の半に過ぎずして、而して饑乏は之に倍し、民に菜色有り、野に餓莩(草冠+「孚」=へう、飢ゑ死の意)有り。敢へて問ふ、其の故は何ぞや、と。
曰く、是れ亦た知り易きのみ。夫れ食貨の軒輊有るは、猶ほ權と衡との如きか。多ければ則はち賤しく、寡(すくな)ければ則はち貴きは、理の必ず然る所なり。而も且つ之に反するものは、抑も亦た説有り。今、年穀の登(みの)らざるは、將に古に倍せんとす。是れを以て死者亂麻の如く、而して錢貨の通ぜざるも、亦た且つ古に三倍せり。則はち食は之れ足らずと雖も、其の數は實に貨よりも多し。是れ物重くして權輕きの然らしむるに非ずや。 ~中略~
財貨の通ぜざるは、抑も亦た人爲の然らしむるなり。之を久しうして變せず、聚斂云(こゝ)に盡くすに至りてが、則はち石一錢に直(あたひ)せざるも、亦た猶ほ以て饑歳と爲す。是れ其の豐儉に關せざるものなり。是れ其の貴賤に繇(謠の右側+「系」=よ)らざるものなり。食貨の政、無かる可からざる所以なり』と。(「通貨第十一」完)


 ○内容の解説に曰く、
『轉じて、物價(當然、米價が當面の問題となる)の高低必ずしも、物の多寡によらざる理由を明らかにし、食貨の政の必要なるを説く』。


 たとひ固定化された士の俸祿と雖も、多くの武士は、その米を賣つて金に換へるほどの餘剩は無かつた。
 然も、祿米の換金は、藏宿と呼ばれる商人の仲介を必要とし、武士は手數料を取られた。
 藏宿は祿米買入れとして金銀の貸付けをする代はりに、その利子として、一割乃至二割を取り、武士の困窮は益々促進された。
 吾人が識る、所謂る士農工商などてふ階級は、實質上、名分のみであつて、その實力は既に其の名分に從ふものでは無かつた。
 大貳先生は、首尾一貫、正名を基調として當時の世相を批判してゐる。而も、繰り返すが、この四民は階級に非ずして、平等の關係とする。
 大貳先生の思想の輪廓が明白になつてきたではないか。
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by sousiu | 2012-05-10 01:03 | 良書紹介

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