柳子新論抄  「利害第十二」  乾。 

 昨日は、時局對策協議會の定例會。
 その後の懇親會では、日本誠龍社・貴田會長の御説法を賜はる。

 さて、「柳子新論」も遂にあと二囘だ。
 今度びは「利害第十二」。尤も、力を入れて書かねばならぬところだ。
 國學に於けるひとつの系譜に就て、兔角、注目せねばならぬのところと考へる。

 少し長くなるが、讀み易くする爲めに、今囘、句讀點、改行を多く用ゐることゝする。
 而、今囘は更らに、譯文(參考文獻「山縣大貳正傳」昭和十八年十一月廿日「三井出版商會」發行)を掲載するので、注釋や語の説明を省きたい。

 諸賢、希はくは、御時間の許されませば御一讀下さらむことを。


●山縣大貳先生、『柳子新論』「利害第十二」に曰く、
『柳子曰く、政を爲すの要は、務めて其の利を興し、務めて其の害を除くに過ぎざるなり。
利とは己を利するの謂に非ず。天下の人をして咸(ことごと)く其の徳を被り、其の利に由り、而して食足り、財富みて、憂患する所無く、疾苦する所無からしめ、中和の教、衆庶安んず可く、仁孝の俗、比屋(ひをく)封ず可き、是れを之れ大利と謂ふ。
其の之に反するときは則はち害あり。害除かざれば則はち利、興らず。故に善く國を治むる者は、務めて之を興し、務めて之を除き、而して後に民、之に由る』、(※改行は、野生による。下記然り)

○譯文解説
『柳子が云ふ。政治を爲すのに最も重要なことは、國家の利益を増し、國家に害あるものを除くと云ふ一事に盡きるのである。
利益は勿論、私利であつてはならない。その利益の恩惠に國民全體が均霑し、生活が保護せられ、經濟が豐かになり、何の憂ひも心配もない樣になり、「中庸」と云ふ書物にある樣に、正しく節に適ふ教へに從つて、人々は正しい生活觀に安んじ、仁義・忠孝の道徳がどこの家でも行はれる樣な利益を云ふのであつて、之を國家の利益と云ふのである。
之に反するものはすべて國家を害するものであり、その害を除かねばこの國家利益と云ふものは興らないのである。從つて、善い政治を行ふ者は、この國家の利益を作興することに務め、專ら害あるものを除き、かくして民は此の爲政者を信頼する樣になるのである』


 政治を爲すの要務として、興利、除害の二綱領を掲げ、その謂ふ所の利、害を説明したもの。
 固より反論の出でる餘地もない。





●大貳先生の曰く、
之を興すの道は如何。曰く、禮樂なり、文物なり。
之を除くの道は如何。曰く、政令なり、刑罰なり。
夫れ此の二者は、惟(た)だ、君、自ら率ゐ、惟だ君、自ら戒めて、而して後に民、之に從ふ。啻に君自ら率ゐるのみならずして、實に天の職を奉ずるなり。
昔は、禹、自ら諸軍を率ゐて、以て有苗を征して曰く、蠢たる茲の有苗、昏迷して恭しからず、侮慢して自ら賢とし、道に反(そむ)き徳を敗り、君子野に在り小人位に在り、民棄てゝ保せられず。天、之が咎を降す。肆(ゆゑ)に予(われ)、爾衆士を以て、辭を奉じて罪を伐つ、と。
又た、湯桀を伐ち、乃はち誓ひて曰く、台(われ)、小子敢へて亂を稱(あ)ぐるを行ふに非ず。有夏罪多し。天命じて之を殛(「歹」+「亟」=きよく)す、と。
湯既に夏に克(か)ち、自ら其の位を有る。其の天、大に旱するに方(あた)りて則はち曰く、夫れ爾、萬方罪有らば、予一人在り。予一人罪有るも、爾萬方を以てするなけん、と。身を以て犧牲と爲すを憚らず。是れ皆、以て其の富貴を求め、其の福祿を干(もと)め、其の心志を安んじ、其の耳目を樂ましむるに非ざるなり。務めて天下の利を興し、務めて天下の害を除くのみ。古の聖君賢主、孰か其れ然らざらんや。
然りと雖も、務めて其の利を興すは、其の道に非ざれば則はち興らざるなり。其の害を除くは、其の道に非ざれば則はち除かざるなり。由る可きを之れ道と謂ふ。禮は以て中を教へ、樂は以て和を教ふ。中和の至、天地位し、萬物有す。豈に利を興すの道に非ずや。
惟だ民の蠢蠢たる、或は其の由る所を失して、禍亂自ら取るときは、則はち從ひて之を罪す、是れ其の害を除くの道なり。夫れ然る後に、其の惡を懲らして其の害を勸む。善を爲す者多く、惡を爲す者寡ければ、則はち天下の利興る』、

○譯文解説
『然らばこの國家の利益を作興する方法とは何であらうか。
それは禮儀であり文化である。又國家の害を除く方法は命令であり刑罰の法である。
この二つの方法こそは一國の君主のみ、自ら統率し、自ら實踐すべきものであり、國民は之に傚つて遵守するのである。君主が自ら統率すると云ふばかりではない。君主が天から授與せられたる任務として行ふのである。
昔支那の禹王が軍隊を率ゐて北方の蕃族有苗を征伐した事があつたが、その時云ふのに、「虫けらの如き有苗は、人徳なく恭順の心をも持たず、世を侮り慢心して自分では賢いと思つてゐる。そして、人の踏み行ふ仁義の道に反し、人の守るべき徳教を紊してゐる。一體君子が世に出ないで、小人が天子の位を履んだ處が、人民は之を認ないからその位を保つことが出來ない。之則ち天がその專斷を憎んで咎を降すからである。今や天は予に命じて汝等家來と共に行つてこの憎むべき有苗を伐たしめるのである」と。そして彼は天帝の命令を奉じて、有苗の罪を討つたのである。
又湯王が桀王を伐つ時に誓つて云ふのに、「私は決して内亂を起さうとしてゐるのではない。夏が多くの罪惡を犯したから、天命が之を殛するのである」と。
湯は夏を亡ぼして天子の位に就いた。或時、非常な旱天が續いたが、その時に湯王は、「國中に何か罪惡が有つたのなら、その責任は自分一人に在る。もし自分一人に罪惡があつたとすればその累を國中に及ぼさずに、自分一身を犧牲にしても構はない」と云つた。これは決して自分一個の富貴を願ひ、福利を專有し、氣樂にして、自分だけが樂しまうと云ふのではないのであつて、一心に國家の利益を作興し、國家の害毒を除かうとしてゐるのである。昔から聖君と云はれ賢主と云はれる人々は、總て皆この樣な人々ばかりなのであるけれども、如何に一心に國家の利益を作興しようとしても、その方法が當を得てゐなければ不可能であり、又害毒も同樣であつて適切な方法に依らなければ除く事は出來ないのである。この以て依るべき方法を道と云ふのである。即ち、道徳に依つて中正の生活を教へ、文化に依つて和樂の生活を教へ、この中正和樂と云ふ大きな調和が即ち天地宇宙の根本理念であり、この天地の調和した氣を享けて、森羅萬象が生れ出づるのである。これこそ國家を利すると云ふことの究極に於ける精神であり、從つてこの道徳と文化の生活こそは、その大いなる國利作興への道、即ち方法なのである。
然し人民は天性無智であり、時にその生活の目標を見失ひ、自然に世を紊すやうになり、國家を害するに至るのである。從つて、國家を害する者を除くと云ふことも、別に改まつた方法があるのではなく、その根本的な意味からすれば、國利作興への道に勵ませるやうにすることが取りも直さず害を除く方法であると云へるのである。であるから、惡を懲すと云ふこともそれだけで良い譯ではなく、善を獎勵すると云ふ事の前提條件であるに過ぎないのである。かくして善を爲す者が多くなり、惡を爲す者が寡くなれば、國家の利益が振興される譯である』


 上記は書經、虞書や湯誓等、古の支那の書からの言を用ゐて説明してゐる。
 このころ、專ら、支那の學問が一般に流布せられたが爲めに、當時の書物には、支那の史實や人物、發言を引用されることは珍しくなかつた。
 先日、備中處士樣より電話あり。曰く、「當時の人達は、當時のかうした書物を讀んで理解してゐたのであるから、それは大したモンだ」と。
 まつたくその通りである。
 今日のやうに、娯樂や作り物の小説、ビニ本が氾濫してゐた時代ではなく、國内外問はず(國外の書物は殆ど支那、一部に朝鮮、和蘭あり)思想書や宗教に關する書物、國史、傳記などが主であつたらうから(十返舍一九の「東海道中膝栗毛」などもあつたが。苦笑)、かの時代、克苦勉勵を重ねた人には、天下を動かす可くした偉傑の出でたるも至極當然である。

 實は、これまで、「柳子新論」の省略した割合は、全體の二割強ほどである。この割愛した大半は、支那の書からの引用文である。讀者の混亂を避ける爲め、割愛したものだ。その理由無きにしも非ず。追々野生はこの理由を掲げねばならぬ。




●大貳先生の曰く、仝、
禮樂は文の具なり。刑罰は武の事なり。文は以て常を守り、武は以て變を制す。文は以て治を致し、武は以て亂を撥(をさ)む。是の故に文は順にして、武は逆なり。順にして利を興し、逆にして害を除き、順逆互ひに用ゐて以て能く天下を陶鑄す。善く此の道に任ずる者、之を徳と謂ひ、善く此の道に任ぜざる者、之を不徳と謂ふ。善く此の道を知る者、之を賢と謂ひ、善く此の道を行はざる者、之を不仁と謂ふ。故に所謂る仁者も亦た能く其の利を興し、能く其の害を除く者を謂ふなり。
若し夫れ世降り國衰へ、上に賢聖の君無く、下に忠良の臣無くんば、則はち禮涜れ、樂淫にして、而して刑罰勝(あ)げて用ふ可からず。徒(いたづら)に害を除くの道を知りて利を興すの道を知らず、徒に變を制するを知りて常を守るを知らず、徒に亂を撥むるを知りて治を致すを知らず、又た何の仁か之れ有らん。又た何の徳か之れ有らん。是れ奚ぞ能く政を爲すと爲さむや』、

 この一節の譯文は要しまい。野生も疲れてきたから。
 さて、以下に注目せられよ。

 續く。
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by sousiu | 2012-05-11 20:55 | 良書紹介

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