スルメイカ結社 

 九月九日日曜日は、木川智君が企畫部長となり、千葉縣いすみ市の大原沖合で烏賊釣りを樂しんだ。
 如上、新宿區での會合を終へ、そのまゝ不眠で神奈川を發ち、山口、平田愛倭塾諸先輩と共に千葉へ向かつた。
 船釣りは始めての經驗(釣りそのものは小學生以來)であり、船醉ひを心配しつゝ早朝、沖を出たが、案外に醉ふこともなく、樂しい一ト時であつた。
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↑↑↑出航前。つまりはbeforeだ。野生の意氣込は噴火直前のマグマに似たり、だ。
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↑↑↑出航時、思はず「北の漁場」を口ずさむ♪(歌詞は適當だつたけれども)。
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↑↑↑朝日が眩い。するめいか結社の活躍振りを明示してゐるやうだ。


 この日の企畫の名を、神奈川縣維新協議會護國鐵拳隊の成美選手は「太平洋を望む海上憂國懇談會」としてゐる。↓↓↓
       http://www4.hp-ez.com/hp/kanaisinkyougi/page15
 また、大行社の木川選手は、「草莽遊學(漁業體驗)」と名付けてゐるやうだ。↓↓↓
       http://taikousya.com/

 どれもこれも尤もらしき名前であるが、要するに名前は無い、といふことだ。野生の場合、當初こそ、「木川智君と愉快な仲間達」(或は「平成版林子平翁の視點で考へる會」)と名付けたが、參加して、この名は餘りにも手緩いことに氣が付いた。何故ならば、經驗して始めて解つたことであるが、船上では甘えは許されない。釣り針を手に掛けて出血する。腹が減り食糧が不足する。たふれる同志はゐる(船醉ひ)。釣り上げた際に烏賊の攻撃を被る(イカスミ)。太陽の熱と光が肌をさす(紫外線)。こは正しく小なる戰場だ。
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↑↑↑手前から愛倭塾・山口會長、同血新聞社・小林。
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↑↑↑手前から愛倭塾・平田理事長、防共新聞社・近藤君、大日本愛国党・中川先輩(釣りの)。


 因みに、志半ばでたふれた同志は、(本人の名譽の爲めにも大きな聲では云へないが)上記した成美選手と我が時對協の福田議長だ。たふれた先輩後輩を前にして、今更ら乍ら野生も反省するところ大であるが、迂闊にも魚眼レンズに認められたるスルメイカの群れに心奪はれ、横たはる同志どころの騷ぎではなかつた。軍歌「戰友」の歌詞が好きな野生が、何とも面目ない話しである。

 さて、釣果は奈何。
 義信塾・市村代行と愛倭塾・平田理事長、愛国党の中川先輩が群を拔いて一位であつた。
 野生は、・・・・え~と、二ハイ(二ハイとは、二匹つてこと)。歸りにこの日來れなんだ同志へクール便で御裾分しようと住所を書きつらねたメモ書きと、大きなクーラーボツクスが野生の慘めな思ひを一層かり立てた。
 たふれた福田議長を放つてまで挑んだ結果としては、何とも頼りない數である。嗚呼。
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↑↑↑after。野生の苦笑ひをみよ。福田議長に至つては、何故か少し氣が立つてゐるやうにみえなくもない。野生申し譯ないが、疲勞と睡眠不足と空腹で、歸りを待つてゐた釣り船女將の冗談に應へる氣も起こらなかつた。
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by sousiu | 2012-09-11 01:35 | 報告

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