農は國の大本なり  

 またも『帝室論』の續きを後囘しにして、今日は、昨日行はれた「貴田誠會長の還暦を祝ふ會」の寫眞を掲載する。

 貴田會長は、新宿を據點とする日本誠龍社の會長。
 山縣大貳先生の思想と理想を學ぶ。目下、先人の研究ばかりでなく、農本主義の見直しをはかり、農村各地での交流を深めてゐる。
 因みに野生、告白すれば、若かりし時分に街宣右翼として甘んじてゐたころ、「農は國の大本なり」てふ言葉こそ識つてゐたものゝあまり深く知らず、又た知らうとも思はなかつたのである。(餘談ながら野生、所謂る「街宣右翼」と「行動右翼」は違ふと思うてゐる。かくなれば、今日の「行動する保守」は「街宣する保守」と云うた方がしつくりすると思ふ。ま、どうでも宜しいが・・・)

 しかしながらこの言葉は隨分とふるくからあるやうだ。
●大日本史 卷之二「本紀第二」崇神天皇項に曰く、
『六十二年乙酉、秋、七月二日丙辰、(崇神帝)詔して曰く、農は國の大本なり。民の恃りて生くる所なり。今河内狹山の埴田、水少なし。是を以て百姓、農事を怠る。其れ多く地溝を開き、以て民業を寛(ゆる)くせよ、と。冬十月、依網池を作り、十一月、苅坂池、反折池を作る』と。

 街宣や行動で「行なふ」ことも大切だが、「識る」といふことはもつと大事だ。


 ・・・・・『帝室論』の頓挫には譯があり。他紙への寄稿で資料を藏出ししたのであるが、紙の山に埋もれ、『帝室論』が見當らず、何處かへ行つてなくなつてしまつた爲めだ。ま、驚くことはない。野生と諭吉の關係は、いつもこれだから。
 といふことで、續きはも少し、お待ち願ひたい。

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↑↑↑↑お孫さんと貴田會長。
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↑↑↑↑貴田會長の、ちやんちやんこ姿。貴田會長のこのやうな笑顏を初めて見た。
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↑↑↑↑貴田會長を圍んだTeam『時對協』。この日の會と無縁の話しだが、山川兄は案外(・・・でもないか)巨乳であつた。
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by sousiu | 2012-10-15 23:57 | 報告

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