大橋訥菴先生に學ぶ。四  『責難録』 二 

承前。

●大橋訥菴先生、『責難録』前編卷之一に曰く、
○『人君たる者、祖宗の餘澤により、衽席の上にて讓りの知行を受け、富貴安樂に生長して、爵祿衣食住、左右の使令何一つの不足もなきは、誠に榮華の至極と云ふべし。それに付き今惡口に似たりと云へども、近きことを擧て言はんに、守成の君を裸體にして、獨り者にて世に出さば、人を治める徳なき故に、誰も君とする者はあるまじ。又、藝能何如んと云ふに、俚語に所謂大名藝にて、弓馬刀槍の免状も、只よき程とに受けたるなれば、其藝能を言ひ立てゝ、高祿にあり付く種にもなるまじ。且や安佚に生長して、寒にも暑にも堪へ難ければ、縱ひ奉公したればとて、供小姓の勤もなるまじ。然らば畢竟、庸人にて、取るべき所もなきことなるに、祖宗汗馬の餘澤に依りて、大徳の人も得難き所の、安富尊榮を受けたまふは、世に比類なき大福に非ずや』

 後嗣、藩主となりて、額に汗なく手に豆なく、爵祿衣食住家臣を讓り受け、榮華富貴を極めることが出來るのは、寔に世に比類なき大福である、と。「惡口に似たりと云へども、近きことを擧て言はん」は面白い。


『扠、大福を受たる者は、必ず大禍もある理なれば、能く々ゝ畏れ謹みて、長く其富貴を失はず、祖宗の功業に瑕(きず)つけざる樣、心がけ玉はんことこそ、尤も緊要の大事なるに、大率(おほむ)ね此々に心の附き玉はざるは、深く歎息すべきこと也。そは先づ守成の人君は、堤封幾萬石と唱れども、東西幾里南北幾里あることも知り玉はず、其國の貢賦の制は、年免か定免なるかの子細も知り玉はず、封内の人民は、幾千戸幾萬人あることも知り玉はず非常の時の軍役には、機隊幾陣を出すと云ふことをも、絶えて知り玉はざる君のみ多し。かゝる事すら知り玉はねば、況して國家を治むる道は、かゝる筋などゝ云ふことは、夢にも心得られたることなく、只、我れは生まれながら貴き者ぞと思ひ居て、泰然として其位に安んじ、職業の外なる物好などに、徒らに月日を暮し、耳目の娯樂に夜を深して、畏れらるゝ心のなきは、譬へば名醫の子孫たる者、藥種の名をも辨へず、醫書の表題も覺ゑ知らず、況して治療の道などは、毫髮も曉れることなく、遊蕩懦弱に暮らしつゝ、傲然と人に對して、先生顏をなすが如し。かくては或人の言へる所の素餐(ろくつぶし)の誚も免れ難く、啻に祖宗の功業に瑕つけて、不孝の子孫たるのみならず、天より國土を預け玉へる、役義に背く者なれば、天も必ず見限りて、終には其福祿を奪ひ玉ひ、國は次第に衰廢すべし。眞に危き事に非ずや。早く塗轍を改て、天の祐助を祈り玉はずんばあるべからず

 諺に曰く「長者に二代なし」「名家三代續かず」「売り家と唐様で書く三代目」と。祖先の築いた地位やら名譽やら財産やらを、讓り受けた子孫が、苦勞を厭ひこれに甘んずれば忽ち全てを喪失するといふ戒めだ。而して、これは不孝以外の何者でもない。
 凡家に於ては一家の不幸であるが、藩主にあつては一藩そのものの不幸となる。


『~略~、扠、その天助を祈らんとするには、何事をなすが善きぞと云ふに、こは神佛に祈願して、百萬金を費したりとも、それにて得らるゝ事には非ず。只々治國安民の四字を、神佛を念する如くに、日夜朝暮に思ひつめて、道を學び道を知りて、本業職務に力を竭し、且又創業の先君の生涯戰場に身を曝して、千辛萬苦を經歴し、國家を興し玉へる所の、功勞のさまを想像し、日々我身に引較べて、忘れ玉はざるが祈祷の道なり

 國土人民を預るその任にある者、啻に百萬金を神佛に奉納するが祈祷にあらず。注目を要す可き一文だ。



『[祖先の功勞艱苦のさまを記したる記録の類、必ず其家々に懈るべからず。若し又其書あること無くんば、そは甚しき闕典なるゆゑ、急に文學の臣に命じて、羣書に散見せるを抄出せしめ、編纂して一部の書となすべし。後世の人君には、自己の祖先の功勞艱苦を、委曲に知り玉はざる君などあるは、不幸の至と云者にて識者の譏を免るべからず]かゝれば今日、席(たゝみ)の上にて、自己のせらるゝ辛勞などは、物の數にもあらぬを知り得て、精神自然に奮發すべく、奢侈遊惰なる非分の念も、萌す暇のあるまじければ、それこそ、天意に叶ふべく、天も必ず怒を回へして、其國を祐助し玉ふゆゑ、國運は長久になり行くべきなり』と。

 萬古に相通ずる謹戒だ。然も政治を擔當する者ばかりでなく、我れらとて然り。家族の概念が希薄となりつゝある今日に於ては記憶の範疇まで、精々祖父母までしか興味なからうが、遠つ祖への關心も寄せられるべきである。それありて純然たる崇祖の念は深まり、而して崇祖の念は健全たる尊皇敬神の念に相通ずるのだ。こゝでも、古へを重要とせざる能はざるの意が含まれてゐる。それ、單なる懷古趣味の發想ならぬものである。



 一昨日は私用で午前中から都内へ。夕方から新宿へ向かひ、阿形先生の事務所で深夜まで御高説を賜はる。
 昨日は一日中、發送報告。この記事を書きかけのまゝ寢てしまひ、更新が今になつてしまつた。某刑務所から嘗て天安門事件に參加した支那の士より長文の書翰を賜はる。末尾に「贈河原博史」と一首あり。漢詩の勉強もしなくてはならない・・・。全く、知らないことだらけだ。
[PR]

by sousiu | 2013-02-10 12:26 | 先人顯彰

<< 紀元節   時對協  >>