皇太子徳仁親王殿下御生誕の嘉日なり 

 本日は、皇太子徳仁親王殿下御生誕の嘉日なり。
 親王殿下におかれましては、おん年五十三にましまし、また本年は、皇太子妃殿下との御成婚から廿年を迎へられる佳き年なり。

 慨歎す可きなる哉、營利至上主義の雜誌では 親王殿下に對し、あらうことか御退位を要望する記事があるとか。
 一讀の價値すらなきことを認め、固より宣傳する積もりも毛頭あらぬので、如何なる愚論であるのかサツパリ分らぬが、賣らんかな主義は寔に世を害する畜生の思考である。

 また、本日は、昭和廿一年、マレーの虎と稱せられた従三位勲一等 山下奉文陸軍大將が比國のマニラにて軍事裁判にかけられ絞首刑が執行された日でもある。


 果して如何なる因果ぞや。昭和廿三年十二月廿三日、東京裁判にてA級戰■の汚名を受け、平成に於ける天長節と同じ日に東條英機大將他昭和殉難者が絞首刑を執行され、而して、皇太子殿下の御生誕日に於て、今又た、山下陸軍大將死刑執行の同じ日ならむとは。

 爰に我れら日本人の最も留意せねばならぬことがある。
 東條大將他昭和殉難者は、戰勝國による、當時の 皇太子殿下御生誕の日に合はせられ死刑を執行された。 最早語り盡されたことであるが、用意周到なる彼れらは、日本の前途をも暗黒に染めんと智謀の限りを盡したのだ。
 だがしかし、戰後に於て、巣鴨拘置所處刑に先立つ二年も前に、比國で山下大將は既に昭和殉難者となつてゐたのである。
 戰後より十五年を經た昭和卅五年二月廿三日、皇太子殿下は山下奉文大將の執行と同じ日に御降誕あそばれたのであつた。
 野生の兄事する備中處士樣より、嘗て、とある御方との御縁を賜はつた。その御方の曰く、『皇國は昭和卅五年に、既に戰後史觀を脱却してをりますよ』と。

 皇太子徳仁親王殿下が如何なる神意のまにまにこの日を選ばれて御生誕あそばれたか。米國をはじめとした東京裁判の役者達の驚ろきと云つたら、それは言語を絶するものがあつたに違ひない。恨めしくも彼れらの謀略によつて 今上天皇御生誕日と所謂るA級戰■の處刑日を重ねられたことゝ、山下大將の命日に 皇太子殿下の御生誕日が重なつたことゝは、その本質に於てまるで違ふのである。むしろ正反對である。詳らかに云へば、曩の執行日は遺憾乍ら戰勝國の意志だ。後の 皇太子殿下御降誕日は 皇國の意志だ。戰勝國の連中はこれを偶然と解して氣にも留めなかつたか、或は寒心を覺えたか野生は知らぬ。されど野生は、否、神州の民たる日本人は少なくともこれを偶然とは見做さないのである。

 「戰後史觀の脱却」が叫ばれて久しい。これは昭和及び平成に於ける民族の悲願である。
 敢へて今一度言を繰り返さねばなるまい。皇太子徳仁親王殿下が如何なる神意のまにまにこの日を選ばれて御生誕あそばれたか、と。

 輕率に筆を走らせる賣らんかな主義の記者どもは、「戰後史觀」の眞なる脱却の爲めにも、この事實に能く々ゝ熟慮を要さねばなるまい。
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by sousiu | 2013-02-23 22:06 | 今日は何の日

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