贈從三位 賀茂眞淵大人 その八。 『國意考』その六 

 又たしても心配になつてきたことが一つある。
 「一艸獨語」なぞ、實は誰れも讀んでくれてゐないのではないか、といふことだ。有難いことに來訪者數は減つてはゐないが、コメントが無いといふことが大きな不安の材料だ(催促ぢやないよ)。誰れも相手にしてくれてゐないのではないか疑ひを禁じ得ない。
 そんな折、又たしても昨日(昨日も、といふこと)例の學生から着信あり。「今日のブログ見ましたよ」と。いやあ、はゝゝ・・・。彼れは氣遣ひの出來る好青年だ。嘘でも元氣付けられるといふものだ
 而して彼れの電話の用件は、「國歌八論」に就て。・・・・汗。矢繼ぎ早やに彼れの持論が始まつた。在滿先生に就ても今後研究するといふ。どうやら野生に對する氣遣ひではなかつたやうだ。
 彼れは未だ廿一だか二の年齡だ。野生は如何にか現在辛うじて社會生活を營んでゐるが、彼れ今にしてコレでは野生の年のころ、刑務所生活か、さなくば病院生活ではあるまいかと、ちと心配だ。少なくとも、現在の野生以上に友達不足に陷ることは、火を見るよりも明らかだ。

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承前。
●賀茂眞淵大人、『國意考』に曰く、
○天が下の人をまつりごつ(政つ)に、から(唐)のこと知(しり)しとて、時にのぞみて、人のよくことわ(理)らるゝものにあらず。さるかたに、かしこう(賢う)、げ(實)にとおぼゆること、いひいづるひとの、おのづから出來るぞかし。たとへば、くすし(藥師)の、よく唐文よみ知たるが、病をいやすことは、大かた少きものにて、此國におのづから傳りて、何のよし(由)、何のことわりともなき藥こそ、かならず、病はいやし侍れ。ただみづから、其事に、心を盡しえたるものこそよ(善)けれ。物になづまぬよりなり。一たび成よしとおもへることに、引よらせまほしく、儒學生は、中々まつりごち得ぬは、唐國にも、さるものにゆだねて、をさまらざりし世もおほかりけり』と。

 人を纏め、治めるといふことは理窟だけでは上手にゆくものではない。況んや政治に於てをや。
 支那のことだけを研究して、聖人の言や賢人の教へを能く解釋出來たとて、いざそれを政治に於て實行しても實際には中々人を纏め治める能はざるものなのである。
 例へば、醫者はよく支那から傳はつた本を好んで讀むが、たとひ如何程讀んでみても、それは學者にはなれるかもしれないが、その本を讀んで實際に大勢の人の病ひを治癒させるとなると六ケ敷いものなのである。
 日本でも病ひを治す方法が昔から傳はつてゐる。支那のやうに、どういふやうな學理によるものか、理窟によるものかなどは知らなくても、皆、實際の經驗を積み、樣々な病人と接し、その病氣にあふ藥や治療を發見して治してきてゐるのである。理窟を能く知つてはいるが大勢の病人を治せぬ學者より、理窟などはあまり知らなくとも病ひを治せる人の方が、良い醫者といふことが出來るのである。つまり、その目的に心を盡くし得たる者が貴いのだ。
 尤も、理窟を覺えるといふことは決していけないことではない。
 然し之に泥むといふことのないやうにしなければいけない。
 世の中といふものは、さう理窟ばかりで上手く行くものではない。
 これは支那の政治も然りであつて、世間では立派な儒者だ學者だと評された者がいざ政治を執つてみても、實際成績を擧げ得られたかといふと、必ずしもそのやうな世ばかりでは無かつたのである。



●仝、曰く、
○或人の云、むかし此國には、やから(族)うから(親族)を妻として、鳥け物(鳥獸)と同じかりしを、唐國の道わたりて、さることも心し侍るがごとく、萬儒によりてよくなりぬと。おのれ是を聞て、大に笑へるを、かたへ(傍)の人云、唐には同じ姓をめとらずてふ定はありつるを、おのが母を姧(左上「女」+左下「女」+干=おか)せしことも侍りしからば、只さる定のありしのみにて、いかばかりのわろことのありけむ。さることをみ(見)ぬや。同姓めとらずば、よからむといひしのみと聞ゆるを、世こぞりて、しかありとおもふはいかゞ。おろかなるこゝろにや、またさることをば、隱していふにや。すべら御國のいにしへは、母の同じき筋を、誠の兄弟とし侍り。母しかは(變)れば、きら(嫌)はぬなり。物はところにつけたる定こそよけれ。さる儀には、年々にさかえたまふを、儒のわたりて、漸(やゝ)に亂れ行て、終にかくなれること、上に云如し。如何(いかに)同姓めとらずなど、教のこまかなることよしとて、代々に位を人に奪はれ、かのいやしめる、四方の國々に、とらるゝやうのことは如何。天が下は、こまかなる理りにて、治らぬことを、いまたおもひしらぬおろかなるこゝろに、聞を崇むてふ耳を心とせしよ。いふにもたらぬことなり』と。

 また儒教を重んずる人の云ふには、日本に儒教が傳はつて、一般の風儀が良くなつた實例があると云ふ。
 例へば日本では以前に、自分の姉や妹を妻とした例が歴史上にも散見され、昔の歌などにも詠み交はしたものがある。これは鳥獸と同じ類ひのものである。然るに儒教が輸入されて、兄弟どころか、同姓相娶らず、これは忌むべきことゝしてこの野蠻な風も改まつたのである、と。私はこれを聞いて大いに笑つたところ、側にゐた人が云ふに。支那では同姓娶らずといふやうな定めがあるが、事實はどうか。肉親と密通したといふことまであるではないか。それは啻に定めこそありけれ、實際ではどのやうな間違ひがあるものだか解つたものではない。要するに支那の理窟を有難がるあまり、支那ではそのやうな事は行なはれてゐないと誤解してゐるのだらう。しかし支那では、彼の國の聖人の教へと違ふやうなことが實際に於て行なはれてをる樣子ではないか。たゞ書物の上に現はれた通りのことが事實であると思ふのは、寔に淺はかなことである。しからばその書物も、事實を隱して良いことばかりを傳へてゐると云へるのである、と。
 皇御國の古へでは、儒教の輸入される以前に於て、兄弟同志が夫婦になつたと云つたけれども、それは、母親の同じ者、つまり、同じ母親から生まれた者を本當の兄弟としてゐたのである。であるから母が異なれば、たとひ兄弟であつても夫婦になつて構はないといふ慣はしであつた。鳥獸のやうに親子も兄弟も全く區別が立たぬなどといふ野蠻なものは 皇國には無かつたのである。
 風俗、習慣といふものは、その國の古から傳はつてきてゐるものが實に能く合つてゐるもので、何でも他の國を羨んで眞似れば良いといふものではない。
 現に儒教など傳はらなかつた時代に於て 皇御國は年々國が隆え、皇室も寔に御繁昌であつたし、民もまた素直であつた。こゝに儒教が渡つて段々と世が亂れ、臣下として私を圖つて欲を貪り、遂に君を凌がむとする者も多くなつたことは前にも申した通りである。
 「同姓娶らず」などといふ、細かい理窟などを教へに巧みなりとて、君主が位を臣下に簒奪されたり、これまで卑しめてゐた未開人に國を奪はれて王とするやうでは、聖人の國であると誇つてみても、それは全く如何がなものなのであらうか。
 天下は細かなる理窟を用ひるだけでは治まらぬといふこと解せず、啻に聖人の書物を有難がり、これを實踐すれば宜しと思ふのは、恰も耳に聞いたことを尊んで、目に見ることを卑しむ、つまり遠くの國のことを聞いて尊び、自國の目前にある實際のことを蔑むといふ愚かな考へ方である。



●仝、曰く、
○又人を鳥獸にことなりといふは、人の方にて、我ぼめ(賞め)にいひて、外をあなどるものにて、また唐人のくせなり。四方の國をえびすといやしめて、其言の通らぬがごとし。凡天地の際に生とし生るものは、みな虫ならずや。それが中に、人のみいか(如何)で貴く、人のみいかむことあるにや。唐人にては、萬物の靈とかいひて、いと人を貴めるを、おのれがおもふに、人は萬物のあしきものとかいふべき。いかにとなれば、天地日月のかはらぬまゝに、鳥も獸も魚も草木も、古のごとくならざるはなし。是なまじひ(憖)にしるてふことのありて、おのが用ひ侍るより、たがひの間に、さまゝゞのあしき心の出來て、終に世をもみだ(亂)しぬ。又治れぬがうちにも、かたみ(片見)にあざむ(欺)きをなすぞかし。もし天が下に、一人二人物しることあらむ時は、よきことあるべきを、人皆智あれば、いかなることもあひうち(相打)となりて、終に用なきなり。今鳥獸の目よりは、人こそわろけれ、かれに似ることなかれと、をしへぬべきものなり。されば人のもとをいはゞ、兄弟より別けむ。然るを別に定をするは、天地にそむけるものなり。みよゝゝ、さることをおかすものゝおほきを

 又た支那の教へとして、人は鳥や獸とは異なると云ひ、人を萬物の靈長といふ。
 だがこれは人の側からみたもので、己れを譽め、他を卑しめる見方である。このやうな尊大な考へ方が支那人の惡い癖なのであつて、これが愈々増大すると、四方の國々を夷狄などと云つて侮蔑したりするものである。しかし結局、さういつたことも通用せずに、そのこれまで賤しめてゐた夷狄に國を乘つ取られた途端、王と崇めてしまふ。
 この天地のはざまに生きてゐるものは、みな貴く、人のみが尊貴な存在であるといふことはないのである。
 支那の人は、人間を萬物の靈長とか云うて自ら誇つてゐるけれども、自分が思ふには人間は最も惡いものになつてゐる。
 何故かと云へば、古へから日月が變はらず巡つてゐると同じやうに、鳥も獸も魚も草も木も、古へから變はらずそれぞれ他を干渉することなく榮えてゐる。さうしてお互ひ助けあつて生きてゐるのだ。人間の作つてゐる社會のやうに時として大いに亂れてしまふやうなことはない。人間はなまじ知惠があるから、自分本位となり、他を干渉し、知惠の無い者を虐げ、結果、世の中が上手く治まつても、また同じやうな者が現れて、お互ひで助け合ふでなく、お互ひで欺きあつてゐるのだ。能く物事を知つてゐる者が一人や二人であれば宜い結果となつて世が治まるべきものを、皆が知惠を得れば忽ち害し合ひ、欺き合ふことゝなる。さう考へると知惠や理窟などといふものは賢くなると思はれがちだが、結局は世の中を治める用を爲してはゐないではないか。
鳥獸の目から見れば、人こそ惡いものである。おそらく鳥や獸は、人などに似ないやうにと自分達の子供に教へてゐるであらう。
 支那人は、國を興すとか奪ふとか、天下を經營するとか考へるものであるが、人間は元來兄弟より別れてゐるのである。そのお互ひの親しみが本になつて家を營み國を治めることが出來る筈である。その事をよく考へず別にして、理窟やら聖人の教へやらを頼り家を營み國家を治めむとするは、それこそ天地自然の道に叛いてゐると云はざるを得ない。みよ、このやうな者が多いが爲めに、支那の歴史は平和が長續きしてゐないではないか。

 といふやうなことである。


 これで、「國意考」も漸く三分の一、汗。まるで持久戰だ。
 やはり全文の記載は、少々、いや、隨分無謀な試みであつたのかも・・・。
 もつこすゞきだ君のブログの説明を眞似すれば、「閑人の、閑人による、閑人のための一艸獨語」といふものである。
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by sousiu | 2013-03-26 16:35 | 先哲寶文

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