贈從三位 賀茂眞淵大人 その十。 『國意考』その八 

 昨日は、阿形先生の事務所で御高話を拜聽する。
 氣付けばアツといふ間に、深夜0時を廻つて、即はち今日になつてゐた。
 現在の情勢、阿形先生流の人生論等々を拜聽。何でも勉強だ。阿形先生も日頃から、生涯勉強だ、と口にしてをられる。

  ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

承前。
●賀茂眞淵大人、『國意考』に曰く、
○かく語を主として、字を奴(やつこ)としたれば、心にまかせて、字をばつか(使)ひしを、後には語の主、はふれ(放れ)失(うせ)て、字の奴の爲(なり)かは(變)れるがごとし。是又かの國の奴が、みかど(帝)ゝ(と)なれる、わろくせ(惡癖)のうつり(移り)たるなれば。いまはしゝゝゝゝ(忌はし忌はし)。こをおもひわかで(思ひ分かで)、字は尊きものとのみおもふは、言(いふ)にもた(足)らず。或人猶いふ、夷はさは行ふなるを、たゞ唐ぞ風雅なれば、しかる(然る)と。おのれ天をあふぎて(仰ぎて)笑ふ。其風雅てふは、世の中のごと、物の理りにつの(募)れば、人の亂るるを、理りの上にて、理りにかゝはらず。天地のよろづの物に、文をなすがごとく、おのづから、心を治めなぐさましむるものぞかし』と。

 日本では昔から言葉と云ふものを大事にしてきたので、たとひ文字を用ひるにせよ、字は單なる言葉を表はすものであるから、言葉の方が主で、文字は召使ひのやうなものなのである。字を使つて言葉を表はすのであるから、字を主としてはならないのである。このやうな考へに基くと、心に任せて字を使ふことが出來るので、寔に能く用が足りたのである。
 ところが後になると、言葉が主とはならず、文字が主となつてしまひ、字を多く知ればそれで宜しいといふ風潮が瀰漫し、チヨツトしたことでも、それは如何云ふ字を書くのか、と、直ぐに字を穿鑿するといふことになつてしまつたのである。これは主客顛倒である。
 支那では萬事この如くで、主人と召使ひの地位は顛倒し、或は王の勢力が減退すると、臣が王となる。恰度、文字の關係が顛倒したのと同じことだ。この支那の惡風が日本にも移つてしまつた。まつたく忌はしいことだ。かういふことも考へず、多くの人は字の方が貴いと思つて、字を澤山知つてをる人をみてはその人を隨分世の中の役に立つと尊敬してゐる。可笑しなことだ。
 これに對して漢學を尊敬する人がいふには、未開の人どもは、日常の用が足りればそれで宜いわけであるから、そのやうな考へであらうけれども、人間は毎日の用を足しさへすればそれで宜いわけではない。文字を色々使ひ分け、或は文とし、詩とし、天地の樣々な物の姿を巧に云ひ表はすことも大事であり、あおれを風雅と云ふのである。支那の人は非常に風雅だ。支那の人は樣々な文字を使ひこなし文を綴り詩を詠ずる。この風雅な生活と云ふものは支那の特色であつて、日本でも之を手本とす可きである、と。
 眞淵大人は天を仰いで笑つた。
 風雅と云ふのであれば、日本の方が餘程に上であり、彼の國を羨むことはない。何故なら道義を重んずるなどと云つては理窟ばかり捏ねてゐると、風雅などといふものから遠くなるばかりであるから。何でも理窟に合ひさへすればそれで宜しいといふことは、寔に殺風景なもので、美しいものを純粹素朴に美しいと感ずる心を害なつてしまふだけなのである。御互ひ何かと理窟を付けて自己主張しようとすると、やがて、理窟さへ合へば、どんな事でも押付けられるといふ考へに至り、結局、人間の情誼は希薄に考へられて世が亂れるのである。それであるから人間の作つた道理などに拘泥せずして、元來日本人が古くから重んじてをつた天地自然の理り[文(あや)をなす]に萬事心をまかせ、御互ひに仲睦じく暮らしてゆけば宜いのである。


●仝、曰く、
○且(かつ)かしこ(彼處)にも、古しへは繩を結びしとか。其後は木草鳥獸など、萬のかたを字とせしならずや。天竺の五十字も、もとは物のかたちか。何にもせよ、字はやゝ俗にして、風雅なることあるべきや。其後まろき(圓き)も、四方に書(かき)なしなどせしを、それにつけて、又筆法などいふよ。笑にたへぬわざなり。いかで、此字のうせば、おのづからなる字を、天よりえ(得)て、國も治り、此爭ひや(止)みぬべし』と。

 且つ支那でも、昔は繩を結んで記録、約束や契約などを交はしたと傳へられてゐる(參考→http://www.ac.auone-net.jp/~j-cka/rekishi.htm)。それから後に至つて木や草や鳥や獸などの姿形を參考にして文字としたのである。從つて文字は後に出來たもので、字が無ければ人間は生活出來ない譯ではなかつたのである。天竺の五十字も、一番初めは物の姿形を眞似て作つたものなのかも知れない。
 いづれにせよ、文字といふものが出來て、多くの人がその文字に執着するといふことは、萬事が俗とならざるはなく、風雅などといふことゝは遠くなるばかりである。風雅といふものは人間の心と天地間の森羅萬象とが一致し、その上で全てのものゝ姿形を靜かに味はふといふこと以外にないのである。支那のやうに字が次々と澤山出て來て、それを記憶し使ひこなすことを風雅といふのではない。やがて字、そのものが段々發達したものであるから、後になつてみると丸い物を表はす場合も四角張り、當初文字を作つたころとは隨分變はつて來た。更らに後になると筆法などといふやうなことを云ひ出して、書家などといふ專門の者が出現し、やがて字そのものゝ研究が主となつてしまつた。これは寔に笑ふに堪へないことではないか。
 人間と人間の意思の傳達は誠心に於て重要視されるべきであるのに、詞よりも字句、誠心よりも理窟となつてしまへば、人の世は徒らに複雜となるのみである。若しも支那の面倒で複雜怪奇な文字が無くなれば、自然に出來た簡單な字が役に立ち、人は意思傳達を巧妙にしようとするでなく純朴を取り戻し、結果、國もまことによく治まり、人の無駄な爭ひも無くなつてゆくであらう。



 こゝ二、三日、拔き書きと説明文だけとなつてゐる。
 も少し、具體例や他の引用を掲げながら説明す可きであらうが、調べるだけの時間が足りない。否、勉強不足と云はんか、理解不足と云はんか、兔に角最も足りないのは能力・・・・だ。ま、あまり理窟を捏ねず、背伸びせず、自然のまにまに記してゆくだけだ。
[PR]

by sousiu | 2013-03-30 03:04 | 先哲寶文

<< 三條の會々報  贈從三位 賀茂眞淵大人 その九... >>