贈從三位 賀茂眞淵大人 その十九。 『國意考』 乾  

●賀茂眞淵大人、『國意考』に曰く、
ある人の、我は歌やうの、ちひさきことを、心とはし侍らず、世の中を治めむずる、から國の道をこそといふ。おのれたゞ笑てこたへず。後にまた其人にあひぬるに、萬のことをことわるめるに、たゞ笑にわらひて、おはせしは故ありやなどいふに、おのれいふ、そこのいふは、から國の儒とやらむのことか。そは天地のこゝろを、しひていとちひさく、人の作れるわざにこそあれといふに、いとはら立て、いかで此大道を、ちひさしといふにやといふ。おのれいはく、世の中の治りつるや、いなや承りぬべしといへば、堯舜夏殷周などをもて答。おのれいふ、其後にはなきや。答なしと。また問、凡から國の傳れる代は、いくばくぞや。こたふ、堯より今まで幾ち云々。また問、さらばなどや堯より周までのさまなる、其後にあらざりけむや。たゞ百千々の世の、いとむかしのみかたよりて、さるよきことのありしぞ。そはたゞむかし物語にこそありけれ。見よ々ゝ、世の中のことは、さる理りめきたることのみにては、立ぬ物と見ゆるをといへば、此人いよいよはらだち、むかしのこと、しかゝゝと解。おのれいふ、なづめりゝゝゝゝ。かの堯は舜のいやしげなるに讓れりとか。天が下のためなることは、よきやうなれど、こは 皇御國にては、よしきらひものてふ物にて、よきに過たるや。さるからに、ゆづらぬいやしげなる者の出て、世をうばひ君をころしまつるやうになれり。こはあしきらひ物なり。かくよきにすぐれば、わろきにすぐることの出るぞかし。又孟子とかいひけむ人は、堯舜の民は、家をならべて、封ずべしといへり。是をおもふに、舜の父はめくらものとかいふは、子のよきを見知らぬ故にや。この堯の民、舜の父なれど、いかで封ずべき人ならむ。舜の後を禹といふ。此父はわろ人にて、遠き國にながしつるとか。こは舜の民にて、禹の父なるに、また封がたき人ならずや。然らば、孟子も、今の世にいふ、勸化の口さきらのみなりけり。また、殷の世はいくらつゞきしにや。其始はよき人にて、禹の世を讓りつるといへり。さらば其つぎゝゞなどや、よき人につたへざりけん。末にたぐひなき紂とやらんといふ、わろ人のいづるとか。さらばよきに讓りしは、惟上つ代一代二代にや。それもとほらぬわざなりけり。さて周の文王とやらむは、ひとかたをだも知りたるに、ようせずば、身のわざはひと成べけれ。紂王のわろきによりて、中々に、人をなづけなどせしはさることなり。武王の時、紂をうちしを、ことわりあるいくさとやらんいへど、伯夷叔齊がいさめしとかいふを、孔子てふひとも、よき人とのたましひとか。さらば武王をいかにいはん。まことに義ならば、紂の後をも立べきを、それが末を、韓などへはふらしやりて、などみづからの子うまごにゆずりけむ。

○さて周公、政をとりて、殷の諸侯を四十餘りほろぼしけむこと、孟子てふ文にみゆ。此四十あまりの侯、みなわろ人にあらむか。周公にあだなふまゝに、しひてほろぼせしとしるべし。かくするが義といふものにや。そのさかえは、八百年とかいへど、初二代にて、四十年ばかりは、治れりといはんか。やがていと亂て、なかゝゝおとろへにけり。其四十年ばかりの間、周公てふよき人は、弟によこしませられて、外へまかりつるとか。世の中のみだれは、世の中のわざにもといふべきを、兄弟しもよこしませるは、内のみだれにて、亂の甚しきものなり。さらば四十年の間も、治れるには侍らざりけり。

○それよりのちは、漢の世に、文帝とかいひし時、暫治まりにけむかし。さていやしげなるひとも出で、君をころし、みづから帝といへば、世の人みなかうべをたれて、順がひつかへ、それのみならず、四方の國をば、えびすなどいひて、いやしめつるも、其夷てふ國より立て、唐國のみかどゝなれるときは、またみなぬかづきて、したがへり、さらば夷とて、いやしめたることいたづらごとならずや。はた世擧て、いへる語には、あらざるべし。如是世々にみだれて、治れることもなきに、儒てふ道ありとて、天が下の理りを解ぬ。げに打聞たるには、いふべきことも、ならざるべう覺れど、いとちひさく、理りたるものなれば、人のとく聞得るにぞ侍る。先ものゝ專らとするは、世の治り、人の代々傳ふるをこそ貴め。さる理り有とて生てある天が下の同じきに似て異なる心なれば(此一章よめがたし)、うはべ聞しやうにて、心にきかぬことしるべし。然るを此國に來たり傳ては、唐國にては、此理りにて、治りしやうに解は、みなそらごとのみなり。猶なづめる人をやりて、唐國を見せばや、浦島の子が古郷へかへりしごとくなるべし。

○こゝの國は、天地の心のまにゝゝ治めたまひて、さるちひさき、理りめきたることのなきまゝ、俄かに、げにと覺ることどもの渡りつれば、まことなりとおもふむかし人の、なほきより、傳へひろめて侍に、いにしへより、あまたの御代々々、やゝさかえまし給ふを、此儒のこと、わたりつるほどに成て、天武の御時、大なる亂出來て、夫よりならの宮のうちも、衣冠調度など、唐めきて、萬うはべのみ、みやびかになりつゝ、よこしまの心とも多くなりぬ。凡儒は人の心のさがしく成行ば、君をばあがむるやうにて、尊きに過ぎしめて、天が下は、臣の心になりつ。

○夫よりのち、終にかたじけなくも、すべらぎを島へはふらしたることく成ぬ。是みな、かのからことのわたりてより、なすことなり。或人は佛のことをわろしといへど、ひとの心のおろかになり行なれば、君は天が下の人の、おろかにならねば、さかえたまはぬものにて侍り。さらば佛のことは、大なるわざはひは侍らぬなり。

○凡世の中は、あら山、荒野の有か、自ら道の出來るがごとく、こゝも自ら、神代の道のひろごりて、おのづから、國につけたる道のさかえは、 皇いよゝゝさかへまさんものを。かへすゝゝゝ、儒の道こそ、其國をみだすのみ、こゝをさへかくなし侍りぬ。然るをよく、物の心をもしらず。おもてにつき、たゞかの道をのみ貴み、天が下治るわざとおもふは、まだしきことなり。

○さて歌は、人の心をいふものにて、いはでも有ぬべく、世のために用なきに似たれど、是をよくしるときは、治りみだれんよしをも、おのづから知べきなり。孔子てふ人も、詩を捨ずして、卷の上に出せしとか。さすがにさる心なるべし。凡物は理にきとかゝることは、いはゞ死たるがごとし。天地とともに、おこなはるゝ、おのづからの事こそ、生てはたらく物なれ。萬のことをも、ひとわたり知を、あしとにはあらねど、やゝもすれば、それにかたよるは、人の心のくせなり。知てすつるこそよけれ。たゞ歌は、たとひ惡きよこしまなるねぎことをいへど、中々心みだれぬものにて、やはらいで、よろづにわたるものなり。
                歌のいさほしはすでにいへり。

○天が下の人をまつりごつに、からのこと知しとて、時にのぞみて、人のよくことわらるゝものにあらず。さるかたに、かしこう、げにとおぼゆること、いひいづるひとの、おのづから出來るぞかし。たとへば、くすしの、よく唐文よみ知たるが、病をいやすことは、大かた少きものにて、此國におのづから傳りて、何のよし、何のことわりともなき藥こそ、かならず、病はいやし侍れ。ただみづから、其事に、心を盡しえたるものこそよけれ。物になづまぬよりなり。一たび成よしとおもへることに、引よらせまほしく、儒學生は、中々まつりごち得ぬは、唐國にも、さるものにゆだねて、をさまらざりし世もおほかりけり。

○或人の云、むかし此國には、やからうからを妻として、鳥け物と同じかりしを、唐國の道わたりて、さることも心し侍るがごとく、萬儒によりてよくなりぬと。おのれ是を聞て、大に笑へるを、かたへの人云、唐には同じ姓をめとらずてふ定はありつるを、おのが母を姧
(左上「女」+左下「女」+干=おか)せしことも侍りしからば、只さる定のありしのみにて、いかばかりのわろことのありけむ。さることをみぬや。同姓めとらずば、よからむといひしのみと聞ゆるを、世こぞりて、しかありとおもふはいかゞ。おろかなるこゝろにや、またさることをば、隱していふにや。すべら御國のいにしへは、母の同じき筋を、誠の兄弟とし侍り。母しかはれば、きらはぬなり。物はところにつけたる定こそよけれ。さる儀には、年々にさかえたまふを、儒のわたりて、漸に亂れ行て、終にかくなれること、上に云如し。如何同姓めとらずなど、教のこまかなることよしとて、代々に位を人に奪はれ、かのいやしめる、四方の國々に、とらるゝやうのことは如何。天が下は、こまかなる理りにて、治らぬことを、いまたおもひしらぬおろかなるこゝろに、聞を崇むてふ耳を心とせしよ。いふにもたらぬことなり。

○又人を鳥獸にことなりといふは、人の方にて、我ぼめにいひて、外をあなどるものにて、また唐人のくせなり。四方の國をえびすといやしめて、其言の通らぬがごとし。凡天地の際に生とし生るものは、みな虫ならずや。それが中に、人のみいかで貴く、人のみいかむことあるにや。唐人にては、萬物の靈とかいひて、いと人を貴めるを、おのれがおもふに、人は萬物のあしきものとかいふべき。いかにとなれば、天地日月のかはらぬまゝに、鳥も獸も魚も草木も、古のごとくならざるはなし。是なまじひにしるてふことのありて、おのが用ひ侍るより、たがひの間に、さまゝゞのあしき心の出來て、終に世をもみだしぬ。又治れぬがうちにも、かたみにあざむきをなすぞかし。もし天が下に、一人二人物しることあらむ時は、よきことあるべきを、人皆智あれば、いかなることもあひうちとなりて、終に用なきなり。今鳥獸の目よりは、人こそわろけれ、かれに似ることなかれと、をしへぬべきものなり。されば人のもとをいはゞ、兄弟より別けむ。然るを別に定をするは、天地にそむけるものなり。みよゝゝ、さることをおかすものゝおほきを。

○又云、然れども、此國に文字なし。唐國字を用て、萬つそれにて知るべしと。答、まづ唐國のわづらはしく、あしき世の治らぬは、いはんかたもさらなり。こまかなることをいはゞ、繪のごとくの文字成けり。今按■■てふ人の、用ある字のみを擧といへるを見れば、三萬八千とやらむ侍り。譬へば、花の一にも咲散蘂樹莖其外十まりの字なくてはたらず。またこゝの國所の名、何の草木の名などいひて、別に一の字ありて、外に用ぬも有、かく多の字を、夫をつとむる人すら、皆覺ゆるかは、或は誤り、或は代々に轉々して、其約にかゝれるも、益なくわづらはし、然るを天竺にば、五十字もて、五千餘卷の佛の語を書傳へたり。たゞ五十の字をだにしれば、古しへ今と限りなき詞もしられ、傳へられ侍るをや。字のみかは、五十の聲は天地の聲にて侍れば、其内にはらまるゝものゝ、おのづからのことにして侍り、其ごとく 皇御國も、いかなる字樣かはありつらんを、かのからの字を傳へてより、あやまりて、かれにおほはれて、今はむかしの詞のみのこれり。其詞はまた天竺の五十音の通ふことなどは、又同じ理りにて、右にいふ花をば、さく、ちる、つぼむ、うつろふ、しべ、くき、などいへば、字をもからで、よしもあしも、やすくいはれて、わづらひなし。おらんだには、二十五字とか、此國には五十字とか、大かた字の樣も、四方の國同じきを、たゞからのみ、わづらはしきことをつくりて、代もをさまらず、ことも不便なり。さて唐の字は、用たるやうなれど、古へはたゞ字の音をのみかりて、こゝの詞の目じるしのみなり。其の暫後には、字のこゝろをも交へて用たれど、猶訓をのみ專ら用て、意にはかゝはらざりしなり。【萬葉初卷軍王作歌返歌 山越乃(ヤマゴシノ)風乎時自見(カゼヲトキジミ)寢夜不落(ヌルヨオチズ)家在妹乎(イヘナルイモヲ)懸而小竹櫃(カケテシヌビツ)凡四千の歌のうち擧るに堪んやは、見て知べし。今安くおもひ出るをあげりこ、は訓音を專ら用ひたるなり、】と。

○かく語を主として、字を奴としたれば、心にまかせて、字をばつかひしを、後には語の主、はふれ失て、字の奴の爲かはれるがごとし。是又かの國の奴が、みかどゝなれる、わろくせのうつりたるなれば。いまはしゝゝゝゝ。こをおもひわかで、字は尊きものとのみおもふは、言にもたらず。或人猶いふ、夷はさは行ふなるを、たゞ唐ぞ風雅なれば、しかると。おのれ天をあふぎて笑ふ。其風雅てふは、世の中のごと、物の理りにつのれば、人の亂るるを、理りの上にて、理りにかゝはらず。天地のよろづの物に、文をなすがごとく、おのづから、心を治めなぐさましむるものぞかし。

○且かしこにも、古しへは繩を結びしとか。其後は木草鳥獸など、萬のかたを字とせしならずや。天竺の五十字も、もとは物のかたちか。何にもせよ、字はやゝ俗にして、風雅なることあるべきや。其後まろきも、四方に書なしなどせしを、それにつけて、又筆法などいふよ。笑にたへぬわざなり。いかで、此字のうせば、おのづからなる字を、天よりえて、國も治り、此爭ひやみぬべし。

○是らは、古への歌の意詞を、あげつろふまゝに、人はたゞ、歌の言とのみ思ふらむや。其いへるごとく、古への心詞なり。古の歌もて、古の心詞をしり、それを推て、古への世の有樣をしりて、より、おしさかのぼらしめて、神代のことをもおもふべし。さるを下れる世に、神世の常のことを、言人多きが、そを聞ば、萬にかまへて、心深く、神代のことを、目の前にみるがごとくいひて、且つばらに、人のこゝろの、おきて成さまに、とりなせり。いでや、然いふ人の、いかにして、さは甚ぎや。さもこそ、ふりにしこと、よく知つらむとおもひて、それがかける物などを、見聞ものするに、古へのことは、一つも知侍らざるなり。然るを、古への人の代をしらで、いとのきて、神代のことをば、知べきものかは、こはかの唐國の文ども、すこし見て、それが下れる世に、宋てふ代ありていとゞせばき儒の道を、またゝゝ狹く、理りもて、いひつのれるを、うらやみて、ひそかに、こゝの神代のことに、うつしたるものなりけり。さる故に、ふつに文みぬ人は、さもこそとおもふを、少しも、やまとの文、唐の文しれる人は、おもひそへたることを知て、笑ぞかし。そもゝゝ、かしこにも、いと上つ代には、何のことか有し。其後に人のつくりしことゞもなれば、こゝにも、作り侍るべきことゝおもふにや。人の心もて、作れることは、違ふこと多ぞかし。かしこに、ものしれる人の、作りしてふをみるに、天地の心に、かなはねば、其道、用ひ侍る世は、なかりしなり。よりて、老子てふ人の、天地のまにゝゝ、いはれしことこそ、天が下の道には叶ひ侍るめれ。そをみるに、かしこも、ただ古へは、直かりけり。こゝも、只なほかることは、右にいふ歌の心のごとし。古へは只詞も少く、ことも少し。こと少く、心直き時は、むつかしき教は、用なきことなり。教へねども、直ければことゆくなり。それが中に、人の心は、さまゞゝなれば、わろきこと有を、わろきわざも、直き心よりすれば、かくれず。かくれねば、大なることにいたらず。たゞ其一同の亂にて、やむのみ。よりて、古へとても、よき人のをしへなきにはあらねど、かろく少しのことにて足ぬ。たゞ唐國は、心わろき國なれば、深く教てしも、おもてはよき樣にて、終に大なるわろごとして、世をみだせり。此國は、もとより、人の直き國にて、少しの教をも、よく守り侍るに、はた天地のまにまに、おこなふこと故に、をしへずして宜きなり。さるを唐國の道きたりて、人の心わろくなり下れば、唐國ににたるほどのをしへをいふといへど、さる教は、朝に聞て、夕は忘れゆくものなり。我國の、むかしのさまはしからず。只天地に隨て、すべらぎは日月なり。臣は星なり。おみのほしとして、日月を守れば、今もみるごと、星の日月をおほふことなし。されば天津日月星の、古へより傳ふる如く、此すべら日月も、後の星と、むかしより傳へてかはらず、世の中平らかに治れり。さるをやつこの出て、すべらぎの、おとろへ玉ふまにまに、傳へこし臣もおとろへり。此心をおして、神代の卷を言べし。そをおさむには、古の歌もて、古への心詞を知るが上に、はやう擧たる文どもをよくみよかし。

○或人、此國の古へに、仁義禮智てふことなければ、さる和語もなしとて、いといやしきことせるは、まだしかりけり。先唐國に、此五のことを立て、それに違ふをわろしとしあへりけむ。凡天が下に、此五つのものは、おのづから有こと、四時をなすがごとし。天が下のいづこにか、さる心なからむや。されども、其四時を行ふに、春も漸にして、長閑き春となり、夏も漸にして、あつき夏となれるがごとく、天地の行は、丸く漸にして至るを、唐人の言のごとくならば、春立はすなはちあたゝかに、夏立は急にあつかるべし。是唐の教は、天地に肖て
(※「勤王文庫」では「背(そむきて)」と記される。誤字なるか不明也)、急速に佶屈なり。よりて、人の打聞には、方角有て、きゝやすく、ことわりやすけれど、さは行はれざるものなり。天地のなす、春夏秋冬の漸なるに、背ける故なり。天地の中の虫なる人、いかで天地の意より、せまりていふ教を、行ふことをえむや。凡天が下のものには、かの四時のわかち有ごとく、いつくしみも、いかりも、理りも、さとりも、おのづから有こと、四時の有限りは絶じ。それを人として、別に仁義禮智など、名付けるゆゑに、とること、せばきやうには、成ぞかし。たゞさる名もなくて、天地の心のまゝなるこそよけれ、さる故に、此國は、久しく治るをしらずや。目の前に、おのがみなれたることをのみ、おもひせまれる、をこ人のことは、言にもたらねど、おもひわかたぬ、わらはべのために猶いはん。

○唐國の學びは、其始人の心もて、作れるものなれば、氣々に
(※「勤王文庫」では「聞くに」と記される。果して如何)たばかり有て、心得安し。われすべら御國の、古への道は、天地のまにゝゝ丸く平らかにして、人の心詞に、いひつくしがたければ、後の人、知えがたし。されば古への道、皆絶たるにやといふべけれど、天地の絶ぬ限りは、たゆることなし。其はかりやすき、唐の道によりて、かく成れるばかりぞや。天地の長きよりおもへば、五百年千年、またゝきの數にもたらぬことなり。ことせばく、人のいひしことを、あふぐてふ類には侍らず。凡天地のまにゝゝ、日月を初て、おのづから有物は、皆丸し。是を草の上の露にたとふ。その露くまある葉に置時は、したがひてことなる形となれど、又平らかなる上にかへして置は、もとの丸きがごとし。されば世を治めたまふも、此丸きを、もとゝしてこそ治るべけれ。けたにことせりがましきは、治らぬと、唐の世をみて知べし。かくて天地の心なれば、さるべき時には、もとにかへしたまふべし。いやしくせばき、人の心もていそぐは、かへりてみだれとなれゝ、唐人は上なる人は、威をしめし、貴をしめすといへど、おろそけなるをしめすはよし。尊きをしめすは、みだるゝはしなり。其威をしめす、ものゝふの道の外なし。是をわすれずして、行ふべし。ことに、我すべら御國は、此道もて立たるをみよ。又おろそげなるをしめすのよきは、上のおろそげなるをみて、かたじけなきおもひをおこし、おのがじしも、夫にしたがひて、こと少に成ぬ。事の少ければ、ふみ少し、ふみ少ければ、心易し、心易ければ、平らかなり。貴をしめすのわろきことなり。先宮殿衣服をはじめて、宮女衣をかざり、宮人あやをまとひするを見て、誠に貴とみて、心よりあがむる人は、貴をしめさずとも、事もあらじ。夫が中に、天地に心いたれるを、ますらをとして、かくてあらむこそ本意なれ。いとせばき命かは、天に任せて、行はんなど、おもふものも、たまゝゝ有て、うばゝむ謀をなすめり。又さのみ勢及ばぬまゝに、おもひしひてあるも、心のねたみ、いかばかりならむや。いでや我こそあれ、いか成所よりか、亂よかし。ついでにのりて、さるべく謀らんと、おもふ心は、宜者は皆侍るべし。


 ~續く~
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by sousiu | 2013-04-11 00:43 | 先哲寶文

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