縣居門 その八。橘常樹翁 

◎無六翁 橘常樹翁(縣門十二大家)


○『國學者傳記集成』(明治卅七年八月廿五日「大日本圖書」發行)所收にみるに。

橘 常樹

生歿
(生) 二三六四年  東 山  寶永元年
(沒) 二四二二年  桃 園  寶暦一二年一一月一九日 
(年) 五九

姓名
(名)常樹、(號)無六翁[ムツナシノヲヂ]


住所
(生地)土佐、(居住)江戸


●『賀茂翁家集』(寛政三年十一月、平(※村田)春海翁撰)卷之四 雜文二「橘常樹を悲む詞」に曰く、
常樹は土佐の國の人にて妻も子もなくて年頃江戸に來りて獨すみけり(※一人住みけり)。古今集仰古解といふもの二十卷を作り又歌文などもあまたありしを皆、盜にとられてあらずなりぬ。寶暦十六年十一月十九日、酒飮(さけのみ)て、ふ(伏)したるが其まゝみまかりにたり。年五十九にてぞありける』と。
 又た曰く、
『氏は橘、名は常樹てふ人ありき。此人もの(物)しゝ(知)れど、し(知)れりともな(無)く、酒の(飮)めれど、の(飮)めりともな(無)し。たのし(樂)めれど、たのしともな(無)く、したし(親)めれど、したしともな(無)く、うれふ(憂ふ)れど、うれふともな(無)く、まづし(貧)けれど、まづしともな(無)く。またよめる歌つくれる文らもぬす(盜)人にかどはされてな(無)し。かくばかり世にあやしければ、むつなし(六ツ無し)のをぢ(翁)とこそ名づけつべけれ。かくてこぞの霜月のなかのこゝぬかといふになやめる事もなくて、たまさへなむなくなりにける。かれ今しのびいでつゝ人々あはれみあへるをあるじてふこともなくて、むなしの世や。
    世の中は みながらなしと 見し人を ありのすさみに とふがかなしき
 (※本文マヽ。括弧及び句讀點は野生による)


●河喜多眞彦翁、『近世三十六家集略傳 卷の上』(嘉永二年)に曰く、
賀茂翁すなはちこれを悼[いた]むの詞を作りて一畸人とし其号をして、かのあれどもなき(彼の有れども無き)が如くするもの六なり、故に無六翁[ムツナシノヲヂ]とせんといふ。また謌一首を加へて曰(いはく)、よのことは、見ながらなしと、見し人を、ありのすさみに、とふがかなしき』と。
 又た曰く、
『其所著(その著はすところ)の書、古今集仰古解[かうこかい]二十卷、謌文詞の集、若干の卷あり』と。


※『慶長以來 國學家略傳』は、ほゞ、前記と同樣なり。おそらくは「家集」より引用したるかと拜察す。重複の煩を避けんが爲め省略す。




 <橘常樹翁の主なる著書>
    古今集仰古解 廿卷
    家集



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by sousiu | 2013-04-22 01:41 | 先人顯彰

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