災難男、發つ。 

 昨日、もつこすゞき田君が熊本へ歸つていつた。
 以前、彼れが熊本から自轉車で拙宅を訪れた際、奇しくも東日本大震災が襲來した。今でも鮮明に覺えてゐるが、平成廿三年三月十一日十四時四十六分、突如地震が發生し、只事で無いと氣付いた野生は揺れが收まると共に家の外へ。外へ出ると玄關先で鈴木田君が「こんにちは」と挨拶してきたのである。
 嘘のやうな話しであるが本當である。それから野生は人に對して彼れを説明するに、雨男ならぬ「地震男」である、と。

 而、今度び彼れが連れて來たのは颱風十八號であつた。
 弊社電腦瓦版に掲載してある通り、我々一行は十四日から和歌山へ行つたのであるが、數十年に一度てふ規模の大型颱風が襲來。宿泊先付近では深夜にも係はらず、けたゝましき警報サイレンが僻村内に鳴り響いた。
 鈴木田君と靈的國防隊・下山隊長の二人は我々の宿泊先から廿キロは離れてゐるであらう深山で無謀の野宿をしてゐる最中であつた。そこには半徑數キロの範圍に人家が全く無い。携帶電話の電波など一切屆かない。當然乍ら避難所も遠いのだ。危險この上ないことから、救出しに行かうと山川裕克救助隊々員、同・志賀智仁氏、同・シブケン氏、撮影隊々長・河原は現場に急行。ダム放流のサイレンにたぢろぐことなく奥山へ向かつた。

 深夜のサイレンと、車の通行が無くなつた主要道路(・・・と云つても標識すら無い道路なのだが)と道路脇に點燈された赤色燈を目の当たりにしながらダム方向に進むのは、さすがに緊張を要する(その道路は川に併行してゐる)。救助隊三名+撮影隊長を支へるものは泣きべそをかいてゐるであらう二人を救助せねばならぬといふ使命感、たゞそれだけであつた。
 雨足が強まるころ、やうやく現場に到着して眞暗闇の山の麓付近で無事、二人を發見した。彼れらは泣いて「ありがたう」と我れら救助隊+撮影隊に飛びついてくるに違ひない。誰れもがさう思うてゐた。


 彼れら二人は電氣も瓦斯も無い森の中で、焚火をしながら日本酒の盃を傾け、スルメを片手に譯の分からん話題で意氣投合し、且つ、深山にたつた二人で維新囘天の氣勢を擧げてゐたやうで、我れらを見て泣くどころか、何しに來たのかと云はむばかり。恰も寶暦八年五月廿九日、鴨川洪水に於ける三本木の酒宴を催した公卿の氣分であつたに違ひない。譯を話して車に乘せても二人はペチヤクチヤ高笑ひをやめない。下山青年、赤ら顏で曰く「(鈴木田氏と自分は)VIP待遇ですね」と。
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 鈴木田君が來ると、いつも何かしら危險なことに卷き込まれてしまふ。彼れは地震男では無い。災難男なのだ。

 かくして災難男は昨日、發つた。さりながら流石は災難男。難は今日も彼れに付いてまはつてゐるやうだ。↓↓↓↓
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20130919-00000044-nnn-soci

http://www.news24.jp/articles/2013/09/19/07236584.html
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by sousiu | 2013-09-19 22:24 | 報告

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