カテゴリ:日々所感( 142 )

おほみうた 

●山腰明將陸軍歩兵少佐『日本主義に關する問に答ふる雜話』(昭和十二年九月廿二日)に曰く、
『日本が世界萬邦に比類の無い獨特の光輝ある所以の一つは、申すまでもなく臣民が 天皇中心主義であることであります。然らば此の天皇中心主義を實現する爲に國民が如何なる手段を取り、また如何なる社會機構が實施されてゐるかと云ひますと、疑問が色々起つて、大いに考へさせられるのであります。天皇中心主義を口先ばかりで唱へてゐては何にもなりません。天皇中心主義を押賣りしたり、天皇の御名に隱れて自己の所説を強ひたりする樣な事實がありはしますまいか。天皇中心主義が眞に 天皇中心主義になる爲には、先づ何よりも神勅詔勅の意義を明瞭に認識する必要があります。殊に 明治天皇の御製は、其の中に 天皇の思召をはつきりと仰せ出されてありますから、この思召をしつかりと體得した上で、生命を屠して是を翼贊し奉る。こゝに眞の 天皇中心主義が存する事と存じます。
 皆樣も御同感の事と存じますが、御製に現はれた 天皇の御心盡しは實に到れり盡せりでありまして、社會萬般の事に就き各方面に亘つて御遺訓を垂れさせられて居られます。それで思想問題などと云ふ事も、たゞ 天皇の御製を體得し、奉戴し、是を實施しさへすれば、萬事解決する事でありまして、これに就て我々が此處で喋々説明を試みましても、其の萬分の一を盡し得ぬ、至つて廣い深い奧底識れぬ微妙な所まで穿たれて居ります。御製に就ては、大正五年、聖旨を奉じ、同八年編成奏上に係はる、宮内省藏版、文部省發行の、明治天皇竝びに 昭憲皇太后の御集がありまして、斯道に志す人は是非、左右に供へねばならぬ書であります。此の御製集さへ供へず、拜讀せずして 天皇中心主義を唱へて見た所で、結局觀念の遊戲に終りはしますまいか

 ~中畧~ 御製を拜しますと、天皇は根本原理に別け入つて御述懷遊ばされてありますが、其の御體驗、御蘊蓄の深さは、比較申上げては畏多い事でありますが、舊幕府時代以來の國學者、本居、平田、或いは大國隆正、玉松操等諸氏の境地などとは到底比較にならぬ程の差がありまして、御製に對する理解が進めば進む程、愈々以て神そのものゝ御性格が、益々明に拜察し得らるゝのであります。

 ~中畧~ 我が日本は神立立憲君主政體であります。天皇專制政體でもなければ、民主政體でもありません。民主政體でない事は誰でも判つてゐる樣ではありますが、それにしても與論々々と云つて、與論即ち多數決で國政を切盛りしようと云ふ傾向が多分にあります、是を左翼思想ーー民主主義と云ひませうか。又、天皇專制政體と云へば所謂る右翼思想になります。此の思想によると時の權力者が 天皇の名をだしにして色々と自分勝手な制度を作り出す恐れがありますから、これも結局上部階級の民主思想ーー官僚主義であると云ふ事になります。然るに我が日本では、天皇も決して自分勝手には事を行はれません。皇祖皇宗が遺し給うた惟神の大道を 天皇御自ら奉戴翼贊追求し、それを御實施遊ばして行くのであります』と。


 以上。抄録と雖も、山腰少佐の本旨に觸れるならばいさゝか長文となるので、已むなく、考へさせられた部分のみを拔粹した。

 「~中略~」以降の文章に關しては云ふまでもなく、當時、昭和初期の情勢、時代背景を考慮して一讀す可し。
 而して吾人は深く、氣付かされることがあらねばならない。それとはつまり、當時の右翼や左翼と呼ばれる人達と現代(戰後と申す可き乎)とでは大きな懸隔があるといふことである。思想的變異こそなかれ共、立場にせよ、方法にせよ、逆轉とまで云はずんば、おほきな變異の生じたことは認めねばなるまい。
 尤も、時代がそこまで一變したことも要因として擧げられよう。だが抑も、右翼や左翼といふ言葉がいつ頃から生じたのか勉強不足の野生には不明であるが、明治、慶應の志士たちを右翼と稱する文獻は一切、無い。さういつた文字すら皆無である。
 右翼乃至左翼はあくまでも、明治維新から久しくして權力の側から、政治學的分類として便宜上用ゐられたものと假定すれば奈何。
 上記、山腰少佐は、與論々々と云ふかの如き多數決主義者、民主々義信奉者をはつきり「左翼」と云うてゐる(・・・こゝで云ふところの少佐の「右翼」は、前記した所謂る「天皇機關説」者の事を指してゐるの乎)。これは山腰少佐の一見解として留まる可きものでないことは、それ以前に沸き起つた大正デモクラシーが、專ら、渡來した西歐的自由主義や個人主義の萌芽であつたことを鑑みれば瞭然である。みよ今にして各組合運動をはじめ、その名殘りは各方面に、反日勢力の專賣特許として依然逞しく存在してゐるではないか。

 以前、木川君であつたか(記憶違ひであつたら蒙御免)、曰く、『嘗て先人が、今の言葉で云ふところの“左翼”と看做す者は、君側の奸であつた』と。野生も左の如く觀察する一人である。だとするならば、右翼と呼ばれる者の本質は(「右翼」と云ふ言葉の是非に就ては暫く措き)、只管ら『皇業を翼贊、輔弼し奉る』者のことであらねばならない。それを妨害せんと企てる勢力、權力を取り除くことが本分なのだ。延いて云へば取り除かれる可き存在は朝敵だ。街に騷ぐ反日及び不逞な一團、精々デモ隊を組織するがやつとの未熟者を徹底、精勤して取り締まらねばならぬのは日本警察の役割りだ。嘗て北海道で、大日本愛國党の車輛に『警察官頑張れ!共産ゲリラを射殺せよ!』と横斷幕が掲げられてあるのを見たが、・・・「射殺せよ」の文句は兎も角、苦笑・・・、最近になつてその主張が正鵠を射てゐることに氣が付いた。

 ところで、他稱のみならず、自稱變人の廣島縣在住、洗心會主人國信隆士君は、定期的に子供達を集め、神社を拜借し、皆で御製を仰ぎ、大御心を學んでゐるといふ。今更らではあるが、單なる廣島の變質者ではなかつたと思ひ改め、誤解してゐたことの謝罪こそする積もりはないが、竊かに敬意の念を覺え始めてゐる。
 
 野生も世相にせよ思想にせよ混沌としたる今日に於て、今一度、殉道者としての謹愼たる心ばへを恢復し、道の原點に歸さむと努力せねばならない。それ取りも直さず、目下日本人は、如上にあるの如く、御製を拜し奉り、神勅を確信し、靜かなる自己維新を重ね、その上で隣人維新を爲し、將來の天佑神助を期することが肝要だと信じるからである。

 餘談ではあるが、先日、大東農場で、諸先生が展転社發行の『昭和天皇のおほみうた』(鈴木正男先生著『展転社』平成七年九月發行)を賞讚なされ、或いは現在品切れであることを殘念がられてゐた。これは故相原修兄も惜しまれてゐたことであつた。その場に居合はせた展転社の藤本隆之先輩は増刷を明言、その折りには是非共、有志諸兄の御一讀をお薦めするものである。

■昭和天皇のおほみうた  ↓↓↓
http://tendensha.co.jp/kokutai/koku113.html
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by sousiu | 2011-10-15 08:24 | 日々所感

神奈川有志の會  

 只今戻りました。

 ↓の日乘を記して、「神奈川有志の會」へ。
 今日の「有志の會」は、A新聞横浜總局のK女史も取材を兼ねて參加。市村兄、木川選手が持論を披露してゐた。
 野生の隣は、先日、三澤浩一先輩が發足した『河原をヤツつける會』に、名を連ねたと思しき伊藤満先輩。野生への叱咤もいつもと違つて、あまり元氣がないやうに感じた。持病が惡化してゐるのか、それとも野生に對する後めたさか。前者ならば心配だし、後者ならこのまゝ大いに反省して欲しい。

 護國鐵拳隊の海法文彦總隊長が、朝鮮學校への補助金に就て問題を提起してゐた。
 憂国清心同友会和心塾・吉岡茂樹塾長からも活溌な意見が出て、結局、十月に集會・デモを開催することに決定した。野生は、神奈川有志の會の、かういつた雰圍氣が好きなのである。加へて、有志の會のよいところは、運動をやらうと決意してから、あツといふ間に、主旨、日時場所、そしてそれゞゝの役割り分擔まで全てが決まつてしまふといふことだ。皆、氣持ちが一致してゐるのだと思ふ。脱線した時間を除けば、それこそ正味十五分ほどの時間があれば細かいところまで概ね決定してしまふ。
 それでは何時間も店の二階を占據する必要がないではないか、と料理店の主人は訝しげに思つてゐるであらう。女將は一旦入つたら中々出てゆかないこの一團には、いつもゝゝゝ苦勞してゐるのだから。

 「神奈川有志の會」は、脱線したらば何處までも脱線する。皆、氣持ちが一致してゐるのだと思ふ。
 運動をするも、取材に應對するも、脱線するのも、兎に角、神奈川有志の會は何をするにも眞劍だ。
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↑↑↑熱辯を振るふ義信塾・市村悟兄。脱線するのも眞劍だ。
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by sousiu | 2011-09-23 02:12 | 日々所感

颱風一過  

 地は搖れ、風は起こり。今年は本當に、自然の脅威を改めて考へさせられるものである。

 昨夜、横濱は颱風も去り、今日は快晴。と思ひきや、夕方にはどしや振りである。


 野生もこゝのところ、又た執筆に餘念なく、締め切りを目前に焦燥暗澹としてゐたものである。
 加へて明後日に控へた歌道講座までに歌も詠まうと決心。目出度く昨夜に、二つの原稿と、二首を終へたのである。

 生まれて初めて詠む歌は、難産中の難産であつた。産みの苦しみといふものか。

 とにかく、凡てを終へて、今朝からは晴れ々ゝとした氣分・・・・いや、待てよ。ある御方から申付けられた「寄せ書き」が依然として進んでゐない。噫。
 これから出掛けねばならぬので、典據を明示する時間がないのだが、先人の曰く「足るを知れ」のやうな言葉があつたと記憶する。その通りだ。
 颱風一過。されど晴れやかなるのも僅か一瞬であるのは、野生の心境と同じだ。
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by sousiu | 2011-09-22 18:50 | 日々所感

「韓非子」に學ぶ 

 支那の戰國時代に韓非といふ思想家があつた。彼れは有名な『韓非子』を著し、そこで進言することの難しさを樣々な角度から綿密に分析してゐる。

●韓非、『韓非子』第四卷「説難第十二」冒頭に曰く、
『凡説之難。非吾知之。有以説之之難也。・・・又非吾辯之能明吾意之難也。・・・又非吾敢横失而能盡之難也。・・・凡説之難。在知所説之心。可以吾説當之。』
 我流に譯せば、「凡そ進言することの難しさは、説得する丈の知識を蓄へることに非ず、又た我が意中を雄辯に語ることにも非ず、又た臆することなく堂々と語り盡せることにも非ず。凡そ進言することの難しさは、説く相手の心を識り、自説をそれに沿はせられるか否かである」と。
 餘談ではあるが、所謂る「逆鱗に觸れる」といふ言葉は、この「説難篇」より生まれたものである。
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 ところで、本日夕方、野生の敬愛する、鹿島政晴先生より御一報をいたゞいた。
 野生の敬愛する、鹿島先生曰く、『昨日はどうも・・・、ところでブログ見たよ』と。
 野生は野生の敬愛する、鹿島先生の無病御息災、長壽を願ひ、日頃から野生の敬愛する、鹿島先生の暴飮を氣にしてゐるものだ。

●貝原益軒翁、『養生訓 貝原篤信編録』卷第四(天保十四年癸卯七月)に曰く、
酒は天の美祿なり。少(し)のめば陽氣を助け、血氣をやはらげ、食氣をめぐらし、愁(ひ)を去り、興を發して、其人に益あり。多くのめば、又よく人を害する事、酒に過(ぎ)たる物なし。水火の人をたすけて、又よく人に災あるが如し。邵尭夫の詩に、「美酒を飮て微醉せしめて後」といへるは、酒を飮むの妙を得たりと、時珍いへり。少(し)のみ、少(し)醉へるは、酒の禍なく、酒中の趣を得て楽(しみ)多し。人の病、酒によつて得るもの多し。酒を多くのんで、飯をすくなく食ふ人は、命短し。かくのごとく多くのめば、天の美祿を以(て)、却て身をほろぼす也。かなしむべし』と。

●又た曰く、『五湖漫聞といへる書に、多く長壽の人の姓名と年數を載て、「其人皆老に至て衰ず。之問ふ皆酒を飲まず」といへり。今わが里の人を試みるに、すぐれて長壽の十人に九人は皆酒を飲(ま)ず人なり。酒を多く飲む人の長壽なるはまれなり。酒は半醉にのめば長生の藥となる』と。
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 昨日の日乘で、醉拳などと云うてはみたが、野生の微意は飮酒を控へて下さい、とのこと。野生の言外に溢れ出る眞心を、野生の敬愛する鹿島先生は看取、諒解されたのであらう。屹度、野生の敬愛する鹿島先生は嬉しくて、野生に電話してきたに相違ない。普段は「コイツは昔から生意氣な奴だつた」と云はれるが、遂に本當の野生に就て御理解下さつたやうだ。野生も實に嬉しい。

 ・・・・で。その野生が敬愛する鹿島先生、續けて曰く、
 『云ひたいこと書いてやがる、俺はちやんとお前のブログを監視してゐるんだからな!怒』と。吁。

 ・・・。野生は、『韓非子』を流し讀みでなく、熟讀する必要があつたのだ。
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by sousiu | 2011-09-12 22:37 | 日々所感

學問は樂し  

 時對協の先輩である大日本誠流社の森浩二會長が、四十歳になつたかならないかの頃、夜間高校に通ひ、御卒業された。
 一年生のころ曰く、「これまで、これほど學問が面白いとは思はなかつた」と。

 先日、某大學の教授から、「偶には大學でも遊びに來給へ」と御誘ひを賜はり、生まれて初めて大學の構内を見學した。
 案外、その大學では學生の禮儀が正しかつた。
 教授の務める某大學に入學するやう勸められたが、野生は高校の卒業資格を有してゐない。
 森會長の影響もあつてか、夜間學校か通信、或いは大檢でも宜いから高校を卒業して、大學に通ひたいものである。

 野生は我れながら惠まれてゐると思ふのだが、運動や思想面に於て、それこそ師と呼ぶ可き御方は決して少からず、又た私淑してゐる人もゐる。
 とは雖も、普段はやはり獨學に頼らねばならず、こと語學に就いては、今でもこれでも自分なりに苦勞してゐるものだ。

 八月は、支那の二十四史に興味を覺え、先づ司馬遷の「史記」に夢中になつた。
 最初に、藤本幸三、西野広祥兩氏の譯による徳間書店發行の『史記』を全卷讀破。いまいち彼の國々の歴史の推移と、登場人物が覺えづらいので、漫畫を讀んでみようと、小學館から發行されてゐる『史記』(横山光輝氏著)を購入。
 おぼろげながら何となく分かつてきたので、愈々先月末から、『史記評林』(寛政四年、松村九兵衞等版)に挑戰。今月一杯は掛かりさうだ。となると今度は、「宋書」だの、「漢書」だの、「魏書」だの、となつてしまふので、ほどゝゞにせんといかん。
 今更らながら、高校くらゐは卒業しておく可きだつたと思ふ。無事、高校を卒業した森會長には、敬意を表さずにはをられない。
 結局、獨學とは苦學である。それゆゑに野生は距離の遠近、年齡の上下に關はらず、師を求めねばならないのである。
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by sousiu | 2011-09-09 23:15 | 日々所感

追ひ付き、追ひ越せ  

 弊社の日乘?家頁?の更新が大幅に遲れてゐる。何が何だか分からなくなつてきてゐるので、先月始めに、阿形充規先生に御誘ひいたゞいた旅行までを一氣に更新した。「追ひ付き、追ひ越せ」と云うても日乘で「追ひ越す」ことはないのだけれどもね。
http://douketusya.exblog.jp/

 知る人ぞ知る、阿形先生の脚力と云はんよりも體力は桁外れである。
 先月の四日に行なはれた「大東亞聖戰祭」に參加する爲め、前日には金澤入りしてゐるので實際は二泊三日となるのだが、三日間歩き通しである。若手、・・・でもないが、野生共は足が棒のやうになつてゐるにも關はらず、先生はまるで疲れた御樣子もない。山川君なぞ、五瓩くらゐ痩せたのではないかと思うたが、かうして三日を前後して寫眞を見比べると何ら細くなつてゐないので、それは野生の氣のせゐだつた。
 此度びの旅行に限つたことでなく、先生は毎囘さうである。
 先生はおん年七十を越えられてゐる。これほどまでの違ひは何であるのか。先生は煙草も酒もなさらないので、それも理由のひとつに擧げられやうが、それ丈ではあるまい。氣力なのではないか。今でも腕立て伏せを五十囘されるといふ體力と氣力は凄じい。さう云へば、挌鬪技の試合などを見てゐると、氣力が體力を凌駕し試合が一變することも珍しくない。氣力が萎えると體力は衰へ、氣力が漲ると體力は維持されるといふことか。國民精神が廢れると國家が衰退することに似てゐるな。

 では、氣力はどのやうにして養はれるのか・・・。
 二日目の夜には既にクタヽヽとなり、口數の少くなつてしまつた山川君や野生に聽いてもそれは徒勞に終はる。いゝ加減な返答をする丈だからだ。


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 ↑↑寫眞。最終日の最後に立ち寄つた諏訪湖にて。目代直人兄と野生に比べて、先生は御元氣そのものである。
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by sousiu | 2011-09-02 17:18 | 日々所感

人心の同じからざることその面の如し  

 本日は、毎年九月廿九日に行はれる『反中共デー東京大會』の打ち合はせに參加。今年で十囘目となる。
 案内文は後日、當日乘でも告知するとしたい。


 政界は相ひ變はらず亂れる麻の如く、だ。なかゝゝ快刀亂麻を斷つの者、或いは大同團結を成すの者は出現しない。有事と云はん、平時と云はん。古今未曾有の人災下にあつて未だ民主黨は擧黨一致も儘ならぬ。
 民主黨の代表選も野田やら海江田やらとマスコミが騷いでゐたが、國民大半の本音は「どちらでも宜い」といつたところではないか。一ト頃から、「國民の政治離れ」が指摘されてゐるやうだが、ひとり國民の無關心にその責めありとすることは餘りにも亂暴といふものだ。
 古今、國民は確かに蒙昧の側面もあるかもわからぬが、敏感であることも是れ又た確かだ。要するに、政治に希望が持てないのだ。
 事實、菅が總理になつて喜んだ人の話しを聽いたことがない。鳩山の時だつて然りだ。喜んだのは彼れらの取り卷き連だ。國民皆が如何でも宜しい、とまでは思うてをらぬにせよ、希望を投ずるに價する一人の政治家がをらぬと思うてゐることも又た確かであらう。

 現在の政界に眞箇たる保守黨なぞ見當らない。保身黨ばかりだ。今日、國民の先頭に立つ可き者らが、政治を運營する者らが、一體如何なる手本を國民に示してゐるといふ。黨利黨略に留まらず個利個略、その殘黨は附和雷同、結局は離合集散。個々は己れの安泰を只管ら念じ、物慾色慾、名譽慾…、國事よりも私事を優先し少しも憚るところがない。彼れらの精神と生活を國民が眞似せんとすれば社會は、日本は如何なるといふのだらう。
 遺憾ながら、今日にみる日本の行き詰まりは、社會乃至政治制度の缺陷にある。だが、これでは觀察も五十點だ。正邪の混沌とする政界は、その住民の心の顯はれだ。つまり殘る五十點は人だ。然るに正邪の混沌、動搖、麻痺は政治家のみに非ず。一億三千萬總じて吾人は今日ある日本の醜態を鑑み、深く省察するところあるべし。

 我利我利盲者ならでは、今日の民主黨内部の不和は寧ろ當然のことだ。自民黨てふ巨大な敵に取つて變はらむとする迄は彼れらは協戮、一致した。政權を手中に收めた途端、時日も俟たず、終始この有り樣だ。視野に大觀なく、小觀あるのみ。眼中に國家なく、己れあるのみ。見識は將來になく、今日にあるのみ。結果、同士打ちの繰り返へしだ。

 されど。まことに殘念ではあるが、かうした同士打ちは我が周邊にも滲透してゐるやうだ。
 今日の會合の歸へり際に、三澤浩一先輩が今度、『河原をヤツつける會』だか『河原を懲しめる會』だか名前は失念したが、兎に角、野生にとつて迷惑千萬な酒席を開く、と云ふ。固より野生に懲しめられねばならぬ理由が思ひ浮かばない。
 てつきり野生は諸先輩から可愛がられてゐるとばかり思つてゐた。嗚呼、而もこの解同の糾彈會の如き計畫には横濱の瑞穗塾・伊藤満先輩も加はつてゐるとか、ゐないとか。義信塾の市村兄も誘はれてゐた。道の兄の如く慕つてゐた丈に未だ我が兩耳を信じることが出來ない。
 だが諸先輩の場合、一時間も絡まれてゐれば、その内、飽きて別な話題で盛り上がる。
 陣營は皆、清貧。利權に塗れた政界住人との、これは大きな違ひである。
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by sousiu | 2011-08-30 03:04 | 日々所感

これまでの價値觀との訣別  

 野生は嘗てのバブル期に、何らその恩惠に授かつたものではないのでよくわからないが、湯水の如く金が湧き出て、爾して湯水の如く金が遣はれるあのやうな異常な時代に、多くの人達が恰も藥物ならぬ享楽の中毒患者の如くなつてしまつたと聽く。
 欲しくもないブランド物を揃へてみたり、疲れてゐるのに高級クラブへ通つたり。銀座のクラブで一日百萬圓遣つて歸へりのタクシーで財布をみると、「あれれ、まだ五十萬圓殘つてた」と、かういふ人も珍しくなかつた、と。
 かうした時代に、『金權全能、黄金萬能の社會の根を枯らさねばならない』などと訴へてみても、政治家は云ふまでもなく、國民の中にも耳を傾ける人は尠い。尠いといふよりも僅少といつた方がより正確であらう。
 人は享樂に魂を奪はれてゐるとき、思想を重んじることが得てして六ケ敷くあるやうだ。更らに深刻なことは、かうした毒々敷くも華やかなる時代がいつまでも續くと信じ、或いは願つてしまふといふことだ。

 だが、今の日本人は違ふ。固よりバブル期は去つて久し。だがそれよりも何よりも、三月大變を經驗し、華やかなる時代は續かぬどころか、死生巖頭の淵に立つた人すら尠くない。つまり享樂が身近である時代は終はり、死を身近に感じる時代が到來したのである。今猶ほ、天災は息む能はず、人災の筆頭と目す可き放射能汚染も已然として擴大したるに於てをや。


 さういへば自衞隊出身者の鈴木田君が云うてゐた。自衞隊でも落下傘部隊の諸君は頗る意識が高いのだ、と。
 落下傘部隊は稀とは雖も、訓練中に死することがあるといふ。さういつた死と隣合はせの環境の中で毎日を送る人は、必然として己れの生命に就て深く考へざるを得ず、國家と自分との關係を理解せねば務まらないのかも識れぬ、と。


 死を身近に感じると人は享樂の中毒から覺めざるを得ない。
 曾子の云ふ『人のまさに死なんとするや、その言や善し』(論語)などゝ勿體ぶつた言を出すまでもなく、明日死する運命にある人が、殘された最後の一日に金儲けなぞしない。人と見榮を竸ふこともない。況んや最新のブランド物を調べて欲しがることもない。天災が直撃した被災地で、帽子から靴までブランドで身を固めて、それが一體何の價値を持つといふのだ。
 死を身近に感じるといふことは生を感じるといふこと。このやうに覺醒された民にとつて、虚飾の持つ力なぞあまりにも乏しくある。
 この先、日本人は思想や信仰の渇望者となるであらう。
 その時、俗に云ふ需要と供給の關係は成立するのであらうか。當然、望まれざる思想や宗教の跋扈もあるだらう。眞に皇國の中興を志す者は、出自のあやしむべき教へは出來る丈、早期に流産せしめねばならぬ。だが、それ丈では駄目だ。
 近未來的に、日本の純乎とした思想を唱へる者は試されるときが來る。保守派が、既成の體制を批判するものではあつても、導く力に缺けるやうでは、民主黨が自民黨を倒すまでの存在意義しか無かつたことゝ同質のものである。
 須く、志ある者は己れの尊皇の基礎を固めて、固めて、そして固める可し。


 さういへば、亞米利加東部で廿三日、マグニチユード五・八の地震が起きて街がパニツクに陷つたとか。彼れらにとつては九十八年振りださうで、嘸ぞ恐怖し、一瞬でも頭に「死」が過つた人とて少なくはあるまい。向かうでは震度といふ單位が用ゐられてゐないので解らないさうだが、どうやら日本でいふ震度三、四に相當したのださうだ。日本ではそれくらゐの搖れは日常だぜ。子供だつて泣かないくらゐ、みな強くなつてゐるよ。えつへん。
 米國人も「大國」といふ虚飾をそろゝゝ捨てたはうが宜しいな。
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by sousiu | 2011-08-25 01:30 | 日々所感

スローガン  

 『北方領土返還』『日教組粉碎』『政治倫理の確立』・・・、これらのスローガンは對象者、或いは機關に打附けることを主としたものだ。露大へ、日教組々合員や彼れらの群がる集會場へ、永田町へ、といふ具合ひだ。

 一方、『戰後體制脱却』『忠孝兩全』『敬神崇祖』等の言葉は、向けられたる先が一般の大衆であつてこそ效果が見込まれる。まあ、一般大衆といふよりも、現在では一層のこと、全國民と云つてしまはう。

 前者は必然として政治色を強く帶びてゐる。後者は必ずしもそればかりではない。後者が六ケ敷あるのは、前者が發言者の政治的要求に留まることに對して、後者は先づ自づからそれを實踐してゐなければ單なる言葉遊びに終始してしまひ、荒唐無稽となつてしまふからだ。
 よし、極惡非道の徒が聖賢の道を説き、強姦魔が女性の貞操を諭し、天下の大泥棒が少年少女の萬引き行爲を叱咤したとする。一體、耳を貸してくれる御仁の誰れがあらう。

 かうした世の中、前者の類ひで云ひたいことは山のやうにある。野生のやうな淺薄な慷慨屋から風呂屋の番頭まで、みな云ひたいことの塵は既に山積してゐるに違ひない。
 されど。かういふ時代だからこそ後者の如きスローガンを重要視したい。大衆や全國民には、ほかならぬ、自分も含まれてゐることをゆめ忘れることなく、だ。

 それにしても幕末、天下公論となつた『尊皇討幕』の四字。改めて考へると見事だねえ・・・。前者と後者を毫も不自然なく融和させてゐるものなア。然も嫌らしさが全くなく、寧ろ清々しさに溢れてゐる。

 今日に最も要せられるべきスローガンは何だらう。
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by sousiu | 2011-08-02 10:29 | 日々所感

タイトルつて要らないと思ふ・・・・ 

 ・・・が、タイトルを入れないと更新出來ない。案外惱むんだよなあ、これが。

 さて、昨日、今日と、阿形充規先生の事務所に御邪魔し、今歸宅。

 月曜日のコメント欄をみると、何やら諸先輩が歌を詠まれてゐる。而、好きなことを云うてをられる。苦笑。

 さういへば、阿形先生も歌を詠まれると以前、御本人から拜聽したことがある。
 今日は歌舞伎町に向かふ途次、運轉しながら色々考へてみたが迚も思ひ浮かばない。邪念が邪魔をしてゐるのだ。


 昨夜から、どうも腹部から背中にかけて痛いと思つてゐたら、帶状疱疹だつた。今朝は多少熱つぽかつた。
 こゝのところ、少し、ハードだつたからなア。
 阿形先生の事務所でうつしてしまはないかと心配したが、先生曰く、大丈夫とのこと。
 まア、人にうつらないのならば宜し。


 そこで一句。

     ・・・・・・・やつぱり駄目だ・・・・。
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by sousiu | 2011-07-20 01:40 | 日々所感