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御無沙汰してをります。笑 

 御無沙汰に過ぎて照れるのですが、久々に更新してみます。

 といふのも本日、青思会・鹿島先生より連絡あり。アルコールも入つてゐないであらう時間にも係はらず、苦情の内容であつた。
 平身低頭、謝罪し、ことなきを得たものゝ(逆らつたり言ひ譯すると更らに事態は惡化の一途を辿る)、電話の切り際にこの日乘が更新されてゐないことにまで御言及され。次囘は野生が生まれつきジヤニーズ系の顏であることにまでイチヤモン付けられたら面倒至極なので、この最後の御苦言にも從ひ、再度更新を決意した次第である。

 この半年間更新をサボり、實におほくの方々から御心配の聲を賜はつた。態々電話を下さつた方もあり、電話に出ると「なんだ、生きてたのか、・・・殘念」と何が何だか分からぬが、落胆された御仁もあつた。吁
 かう見えても河原、未だ世捨て人にはなりきれてをらぬやうで、これでも最近はそれなりに忙しい日々を過ごしてゐたのである。
 以前ほど運動には參加してゐない。然れ共、腐つても河原、人間性も微志も信念も思想も、加へて節操も方針も、些かも變節することなく、今日猶ほ已然のまゝであると自認してゐる。

 吉田松陰先生『東北遊日記』に於て曰く、
「有志の士、時平らかなれば則はち書を讀み道を學び。經國の大計を論じ。古今の得失を議す。一旦變起らば、則はち戎馬の間に從ひ、敵を料(はか)り交を締(むす)び。長策を建てゝ國家を利す。是れ平生の志なり。然り、而して、天下の形勢に茫乎たらば、何を以て之を得んや」(原文は漢文。松下村塾藏書版)と。
 今日が平生であると看做すか、危急變事目前と見做すか、人それゞゝだ。然るに野生は未だ平生にあるとするの側だ。而して、平成の平生も 皇恩に浴するが爲めの結果だ。よつて必要以上の組織論や戎馬(※この場合は戰陣の意)を構成せんとするでなく、今は平生の志を研磨するあるのみ矣。

 無事、鹿島先生によるイヂメの標的から外れる能ふれば、また更新も保留となるやも知れないけれども、とにかく長い目で見守つてください。




 
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by sousiu | 2014-06-06 20:13 | 報告

講演してきました。 

 昨日は、むさしの倶楽部主催の「皇國復古中興の集ひ」で愚論を呈した。

 阿形先生をはじめ仙臺の日本革新党・平澤暁男さんほか、諸先輩や國士館の學生諸君まで。愚にも付かぬ卑見に天候惡しきなか御參集くださつた方々には寔に申譯ない氣持ちで一杯である。

 諸先輩は野生よりも大人なので、萬が一にも質疑應答の場で野生のごとき徒なぞをいぢめたりしないだらうが、向かう見ずの若き青年らは注意すべきだ。こと大行社・木川選手、護國鐵拳隊・成美選手などは要注意人物だ。にくらしい質問をしてこないとも限らないので、なるべく話しを長引かせ、質疑應答の時間は無しとなつた。我れながら良き奇策を思ひ付いたものだ。
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 その後の懇親會ではみなさん大いに盛り上がつてゐた。寧ろ、視界に於て見る限り、講演會で野生が卑見を語つてゐる時よりも皆が皆、熱くなつてゐた感じだ。ま、いいけどね。ふん。
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 さういへば今囘の講演會の仕掛け人は盛道烈士會の盛會長であるといふ。盛先輩は如上野生の奇策を見破つたか、次囘また講演をやれ、と仰せだ。二度目ともなると流石に奇策も通用しない。・・・盛會長とは日頃親しくさせていたゞいてゐるはずなのに、知らず何か失禮でもしたかしら?

 

 主催者である「むさしの倶楽部」貴田主、御多忙に關はらずお越し下さつた阿形先生、國粹青年隊・吉岡會長、大行社・丸川本部長などの持論や主張は皆、頗る參考となる可きものであつた。かうした諸先輩あつて、この世界はこれからもつと面白くなつてゆくのだらう。
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by sousiu | 2013-10-21 19:31 | 報告

災難男、發つ。 

 昨日、もつこすゞき田君が熊本へ歸つていつた。
 以前、彼れが熊本から自轉車で拙宅を訪れた際、奇しくも東日本大震災が襲來した。今でも鮮明に覺えてゐるが、平成廿三年三月十一日十四時四十六分、突如地震が發生し、只事で無いと氣付いた野生は揺れが收まると共に家の外へ。外へ出ると玄關先で鈴木田君が「こんにちは」と挨拶してきたのである。
 嘘のやうな話しであるが本當である。それから野生は人に對して彼れを説明するに、雨男ならぬ「地震男」である、と。

 而、今度び彼れが連れて來たのは颱風十八號であつた。
 弊社電腦瓦版に掲載してある通り、我々一行は十四日から和歌山へ行つたのであるが、數十年に一度てふ規模の大型颱風が襲來。宿泊先付近では深夜にも係はらず、けたゝましき警報サイレンが僻村内に鳴り響いた。
 鈴木田君と靈的國防隊・下山隊長の二人は我々の宿泊先から廿キロは離れてゐるであらう深山で無謀の野宿をしてゐる最中であつた。そこには半徑數キロの範圍に人家が全く無い。携帶電話の電波など一切屆かない。當然乍ら避難所も遠いのだ。危險この上ないことから、救出しに行かうと山川裕克救助隊々員、同・志賀智仁氏、同・シブケン氏、撮影隊々長・河原は現場に急行。ダム放流のサイレンにたぢろぐことなく奥山へ向かつた。

 深夜のサイレンと、車の通行が無くなつた主要道路(・・・と云つても標識すら無い道路なのだが)と道路脇に點燈された赤色燈を目の当たりにしながらダム方向に進むのは、さすがに緊張を要する(その道路は川に併行してゐる)。救助隊三名+撮影隊長を支へるものは泣きべそをかいてゐるであらう二人を救助せねばならぬといふ使命感、たゞそれだけであつた。
 雨足が強まるころ、やうやく現場に到着して眞暗闇の山の麓付近で無事、二人を發見した。彼れらは泣いて「ありがたう」と我れら救助隊+撮影隊に飛びついてくるに違ひない。誰れもがさう思うてゐた。


 彼れら二人は電氣も瓦斯も無い森の中で、焚火をしながら日本酒の盃を傾け、スルメを片手に譯の分からん話題で意氣投合し、且つ、深山にたつた二人で維新囘天の氣勢を擧げてゐたやうで、我れらを見て泣くどころか、何しに來たのかと云はむばかり。恰も寶暦八年五月廿九日、鴨川洪水に於ける三本木の酒宴を催した公卿の氣分であつたに違ひない。譯を話して車に乘せても二人はペチヤクチヤ高笑ひをやめない。下山青年、赤ら顏で曰く「(鈴木田氏と自分は)VIP待遇ですね」と。
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 鈴木田君が來ると、いつも何かしら危險なことに卷き込まれてしまふ。彼れは地震男では無い。災難男なのだ。

 かくして災難男は昨日、發つた。さりながら流石は災難男。難は今日も彼れに付いてまはつてゐるやうだ。↓↓↓↓
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20130919-00000044-nnn-soci

http://www.news24.jp/articles/2013/09/19/07236584.html
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by sousiu | 2013-09-19 22:24 | 報告

日々是れ求學 

 本日は、菊水國防連合・田代厚會長、表氏と阿形先生にお會ひする爲め新宿へ。
 田代會長と横濱で待ち合はせをし車に乘せていたゞくと、豫定より卅分も早く歌舞伎甼に到着した。サスガだなア・・・。汗

 先生との待ち合はせの場所では藤元正義さんをはじめ、若島和美さん、國の子評論の横山社主、大地社の水谷代表などもをられ、御挨拶。束の間ではあつたが水谷先輩から、後進や今後の人材育成についての話しがあつた。

 
 田代會長もまた既成の運動を以て甘んじるのではなく、之を超克し、新展開を模索する一人だ。所謂る温故知新だ。その上で田代會長は阿形先生のさまゞゝな御意見を謹聽し、又た、色々な質問をしてゐた。
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 はからずも阿形先生には遲くまでお時間を拝借し、食事を御馳走になり、我々はおほくの御指南をいたゞいた。
 感得するところ大なるか、歸路は田代會長による運動に對する意見が多くあり、拜聽。たゞいま戻つてきたところだ。今日は色々な人の話しを聽いてきた。さて。これから野生の喋る番だ。zzz
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by sousiu | 2013-09-07 23:45 | 報告

夏去らむ 

 本日は、阿形充規先生はじめ大日本朱光会諸賢に招かれ、群馬縣の桐生市へ。
 他團體の諸先輩諸兄も既に到着してをり、樂しき時間を過ごした。
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 この集まりに誘つていたゞくやうになつて五年目。
 毎年々々この時期に開かれるこの會合に參加すると、夏も終はるのだと實感する。
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 「同血社電腦瓦版」では、昨年から「溪流憂國談義」と勿體ぶつて之を題しアツプしたが、能く々ゝ思ひかへしてみれば果たして誰れが憂國してゐたのか、ちと思ひ出すに苦しまねばならない。平成版北一輝(風)の近藤君あたりはその面相からして少し憂國的だが、あとはみな總じて憂國的ではない。
 ↓↓↓(※寫眞左。近ちやん)
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 ス○ベな話しや大の大人が就活(婚活含ム)するの話しなどで盛り上がつた。若しかすると我々は、遂に『玉鉾百首』に掲げられたる
 やす國の やすらけき代に うまれ來て やすけくてあれば 物思もなし
 といふ域にまで達觀したのかも知れない。をはり。

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    ↑↑↑ウオーリーを探せならぬ「河原を探せ」
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by sousiu | 2013-08-30 22:49 | 報告

宅は無事解放されました。 

 またゝゝ更新が滞つてしまつた。
 既記十五日から客人が入れ替はり立ち替はり來泊、今日は十日ぶりで一人となつた。さらば獨語は更新せねばならない。明日以降、再び「呵妄書」などを更新してゆく積りである。

 どうやら野生は、女性が近付かぬかはりに變人が寄り付くやうで。伊勢紀伊周遊から下山君が背後靈の如くついて來て、不覺にも昨日まで拙宅は籠城、否、占據されてゐた次第である。泪。

 昨日は大東神社へ赴き、大東塾十四烈士中央墓碑の墓前祭及び直會に參加。
 貴田氏、下山君ほか有志と影山家、相原修命の奥津城などを參拜する。
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 昨日今日と横濱は比較的過ごし易い。さうかと思へば水難を被る地域もある。みなさま、くれゞゝも御用心御專一に。
 
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by sousiu | 2013-08-26 19:28 | 報告

九段の杜で。 

 本日は、午前中から一同で靖國神社へ。盛道烈士會及び大日本剣山塾諸兄と合流した。
 山川裕克君ほか諸兄とも合流し、皆でつゝしみて黙祷を奉り、玉音放送を拜した。
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 その後、靖國會一同で昇殿參拜を。
 待ち時間では、はからずも大行社・丸川仁先輩とお會ひし、昨日の時對協で談ぜられた議論を總括された。拜聽するに、靖國神社に對する日本人の節操に關するお話しで、竊かにその内容は我が意見として盗用させていたゞかうかと思うてゐる。

 靖國神社に對する造詣が深められてゆくことは素晴らしいことだ。有志が互ひに見識を養つてゆく、尤も運動といふカテゴリーにははいらないかも知れない地味なことであるが、理にせよ非にせよ、靖國神社を政爭の具にしたがる「運動」よりも遙かに大事なことであると知る。
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by sousiu | 2013-08-15 20:19 | 報告

時對協定例會 

 本日は、かしこくも 先帝による御英斷の日だ。「御英斷の日」といふと、山より高く、海より深き叡慮を奉戴せぬ反日の徒輩から苦言を投ぜられるかも知れないが、我れらの淺慮なる視點と意見はさておき、又た個人の望むと望まざる、好むと好まざるとにかゝはらず、先帝による聖斷の日だ。而して、祖父母による、「叡慮を奉戴した日」でもある。

 先ほど行はれた時對協定例會は、おほくの有志で部屋を埋め、この「八月十五日」と「靖國神社」に就て議論頗る熱く。野生の卑見は一考に與するべきもので無きにせよ、皆々の意見は終始興味深く拜聽することができた。

 過日、野生が毎月紙面を汚してゐる『芳論新報』來月號分として、不足ながらも「昭和廿年八月十五日」に就ての愚論を脱稿した。若し『芳論新報』を目にする機會あらば御一讀賜はり、御苦言なり御叱責を頂戴したいと冀ふ。

 時對協には今月より、群馬縣を據點とする亜細亜史観研究会の工藤純代表が加はつた。オブザーバーとして、栃木縣を據點とする郷守會・國松兄も參加した。

 諸兄の意見は活氣あり、またよく勉強してゐるものだと感心せざるを得ない。うつかり野生、記憶が曖昧なまゝ年號や、先人の名前を間違へやうものならば、即座に指摘されてしまふ。笑止。
 顧みれば時代も變化してきたものだ。
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 人間生涯勉強だ、とは聞きなれた言葉であるが、況や道に殉ぜんとするの人に於てをや、だ。
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by sousiu | 2013-08-15 00:36 | 報告

もつこすゞきだ君 

 原道社主、熊本愛郷新聞編輯長、鈴木田舜護君より書簡及び雜誌「紙の爆弾」が屆く。
 今月號の「紙の爆弾」に、彼れ鈴木田君が執筆してゐると聞き、是非拜讀を、と思つたが、何やら怪しい雜誌なので、買ふに躊躇つてゐたところを送つていたゞいたものだ。深謝。


 もつこすゞきだ君の曰く、
『私は、皇室の彌榮は即ち國民の繁榮であり、皇室に對する不敬は即ち日本に對する宣戰布告であると考へてゐる』(『紙の爆弾』平成廿五年八月號「鹿砦社」發行)と。
 若さと情熱が溢れるやうな文章だ。野生のやうにオヂサンともなると、かうした文章を書ける若者を羨ましく思へる。

 曰く、
『これは、理屈や個人的希望ではなく、神の國「日本」に生まれ育ち自然に感じるやうになつたことだ。そんな私が、中井の不敬な言動を許せるはずがなかつた』と。
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 平成廿二年十二月、當時衆議院議員であつた中井洽に對し、鈴木田君が血判状を送付した件に關する記述だ。彼れらしく、眞つ直ぐで道に對する純眞な姿勢が十分に傳はつてくるものだ。

■■■ 參考http://sousiu.exblog.jp/15244534/

 彼れもつこすは、目下、神國の面目を如何に發揮せんとするか、舊態依然の運動而已にとらはれず試行錯誤を繰り返し、新らたな運動を展開するひとりだ。
 ◆◆もつこすのための熊本愛郷新聞  

 左翼の好むやうな雜誌に、斯くのごとき彼れの文章が掲載されることは寔に大歡迎である。
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 既に發賣されてゐるものなので、御興味のある方は御一讀されたし。
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by sousiu | 2013-08-02 23:36 | 報告

「辯道書」と、「呵妄書」及び「辯辯道書」 その四  

 承前。


●大壑 平田篤胤先生『呵妄書』(享和三年癸亥十月刊)に曰く(※、■平七)、
されば天の命、鬼神のしわざは何の理何の故といふ事を、聖人も知りたまはず。只畏れて敬ふより外のことなく候。 ~※純の言の引用なり~

 天の命と云ふは、既にいへる如く皆聖人の寓言にて、更に畏ろしきものにては無きを、神の御所爲(み-し-わざ)は可畏しともかしこく、聖人は更にも云はず、掛けまくもかしこけれど現御身(うつし-み-み)ながら神にまします 天皇にも、神の御所爲は何の故、何の理と云ふことなく、其御あらび給ふ折はしも、ひた畏れにおそれ給ひ、ひた敬ひに敬ひ給ひて、かしこみ和め奉るより外なく、甚(いと)も々ゝゝかしこく尊きは神の御所爲になんある』と。




●曰く(※、■平八)、
今の世に神道と申し候は、佛法に儒者の道を加入して建立したるものにて候。此建立は眞言宗の佛法渡りて後の事と見え候。吉田家の先代卜部兼迄も(※愚案、「より」の誤記なるべし)世に弘まり候と見え候云々。 ~※純の言の引用なり~

 爰に吉田家の神道を破りていへること共、大概は當れり。然れ共、かゝる淺まなる附會の説をとらへて、皇國上古よりの大道を混じ議するは、例の掻撫(かい-なで)に古書を讀て、後世に作りかまへたる妄説の雜書共に、すがりていへるからの謬りなり。人の説にのみ據りて、己が意をもて濟すことなきは、己が眼をもて書をよまず、人の眼を借りて書をよむと云ふ物也。何ぞ己が眼をもて古書をよみ、己が意を以て濟さゞりけん。すべて世の人、我が好む所にのみ執着して、我が道の外なるをば人の談(かた)るをきゝ、或は其よりの書をば片ばし讀て、ひたぶるに廢せんとす。謂(おも)ふに、こは學問者(もの-まなぶ-もの)の甚(いた)く禁(いまし)むべきわざなり。  ~略~

 まづ神道と云ふに、五つ六つの差別あり。今其よしを委曲(つばらか)にいはん。
 一つは周易に謂ふ所の假に設ていへる空名の神道。此ことは既に云へり。
 一つは法師どもの謂ふところの神道。本地垂迹などゝ云ひて、譬へば 天照大御神を本地は大日如來と云ひ、八幡宮の本地は彌陀、稲荷の本地は十一面觀世音などいへる類、すべて其の謂ふ所の妄りなること、是に准(なぞら)へて知るべし。
 一つは吉田家にとなふる處の神道。其趣は純がいへるごとく、外には佛法と敵するがごとくにて神道の名目をかり、佛道を本として作れるものなり。
 一つは出口延佳、山崎垂加などが神人唯一と稱ふる所の神道。是(こ)は吉田家の神道を本として作りたるものにて、何れも宋儒の學を大いに學びたる人々なれば、彼の佛めける事をば、うるさがりて大概は除きたれども、なほまた理説を取り込み、彼の小さき理に迷へる漢意(から-こゝろ)に神代には奇怪(あやし)きことのみ多かることをあかず思ひてや。今よりして見れば奇と思はるゝ古事を、みな今の事理にかなふさまに説成し、造化の神、氣化の神、身化の神、心化の神などの様に更になき名目をさへ杜撰して、其さしつかゆる處に至りては、曲言の文など云ひて、實に火を水と云ひなしたる妄説どもなり。

 なほ委く云はゞ法師どもの云ふ處の神道にも、眞言僧の説と法華僧の説とも差(たがひ)あり。理學者流の神道にも、三つ四つにも別るべけれど、さのみは餘りくだゝゞしければ、爰にはもらしぬ。何れも書紀の神代の卷を、正意と立たるものなり。その後、桂秋齊と云ふ者いで、此者才學の聞え有て專ら古實の學をとなへ、大に兩部唯一の説を難破して、古書の名をぬすみて、妄りに僞本を作り、其僞本を證として古を解るやう、いとゝゝ妄説にして渠が著書ども更に用ふべきものなく、兩部唯一の徒(ともがら)は佛意漢意に惑へるの誤りなれば、其罪あさきを、此秋齊などは實に憎むべきが中の、にくむべき嗚呼の者になん有ける。

 さて 皇國大古よりの神道は、更に彼等が云ふごとき狂言(たわれ-ごと)と等並(ひとし-なみ)にあらず。前にもいへる如く、神道と云ふ稱こそ、後の世に負せたれども、其道は天地の初發(はじめ)に生(な)りませる 皇神等(すめ-かみ-たち)の始め給ひて、更に他國々(あたし-くに)の道のごとく、人知の私に成れるものにてはなく、天孫邇々藝(あめ-みま-に-に-ぎ)命の御天降(み-あ-もり)の時、天照大御神、三種(み-くさ)の神寶(かん-たから)を授賜ひ、~略~  此御國を治らしめ給ひ寶祚之隆當與天攘無窮(※あまつひつぎのさかえまさんこと、まさにあめつちきはまりなかるべし)と詔(のりたま)ひし神勅のまにゝゝ、皇統は常磐(とこ-いは)に榮えまして動き給ふ事なく、三種の神寶を宮中に齋(いつ)き賜ひて、天皇朝夕に尊崇ましゝゝ、~略~ 天皇御自(てん-わう-み-みづから)神祇を祭り給ひ、御政事則御神事、御神事則御政事にて、[今のごとく御神事と朝廷の御政事と斯別れしは、いと後の世のことなり。今をもて古を思ひあやまることなかれ]何事も遠津神代に定まりし古事のまゝに守り賜ひて、さかしらを加へ給ふことなく、諸の臣等(おみ-たち)までも其本つ職を世々に守り來て、奉仕ひまつり、君と臣と互(かたみ)に和らぎむつまじく、[政の字にマツリゴトと云ふ訓あるも、神を祭祀るよりいへる言と、臣等の 天皇に奉仕まつることゝを兼ねたる二つの意ありて委くは爰に盡しがたし]天の下の御民の行ひも直く正しく、少しのをしへ説(ごと)も無りしか共、いと隱(おだやか)に治りしなり。[後世になりて教の書めけるもの、これかれあるはみな漢土を學びたる狂わざぞかし]是は道の純一なるが故にて、儒佛の道渡り來てより、世の中に漸々(ややゝゝ)に邪智奸佞の者いで來て、天の下は漸(やゝ)漢國の如く亂れがはしきことも出來にける。古をよく學べるものは誰も知れる事也。抑々學問を爲(す)る者の、我が古をも知らず々ゝゞ、うかゝゝと有らんと云ひもて行けば、我が先祖は如何なる人ともしらずあると同じことにて、世に口惜しきわざにあらずや』と。



 以前に斷つてあつたが、この『呵妄書』は篤胤先生の處女作といふべき書にして。この書を以て篤胤先生の思想信仰の全てではないことは云ふまでもあるまい。固よりこれより後の遠大なる思想的探究、信仰的追及の成果は『呵妄書』を以て圖る可きではないのである。

 とは云へ當時に於ける論爭として、吾人は一讀の價値を充分認めなければならない。
 今囘はこれまでとして、次囘へ繋げる。

 天候不順、水難襲來。どなた樣も御用心を。
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by sousiu | 2013-07-28 23:08 | 報告