<   2010年 03月 ( 16 )   > この月の画像一覧

日本精神練磨に精進を

 起床、産土神社參拜、豆乳を購入。快晴。
 昨日は慌たゞしく、更新する能はず。

 戰後體制と訣別せよー。尤もなる主張である。
之を達成可能たらしめるに、非難し一刀兩斷す可きあるは何ぞ。

 そこで具體的なる疑問があるを呈す。
 我が日本國民は「戰後體制」の犧牲者であるの乎?或いは加害者であるとまでは云はねど共謀者であるの乎?

 思ふに非難される可きは、その「戰後體制」のみ而已ではあるまい。


 蘇峰徳富猪一郎翁曰く
『併しかく云へば、徳川幕府は日本國民に、大なる不幸と詛(のろ)ひとを與へたのみかと云ふに、決して然らず。凡そ今日に於ける、善にせよ惡にせよ、日本人氣質(かたぎ)なるものは、この二百五十年の間に養成せられた。徳川氏が日本精神を製造したとは云はぬが、これを鍛錬し、これを陶冶し、これを今日の状態に至らしめた。約して云へば武士道がそれである。我等は或る意味に於ては、この二百五十年間の一大訓練に向つて、徳川幕府に感謝すべき、若干の理由の存在する事を忘れてはならぬ』)※文中括弧()は小生による。


『即ち感謝すべき材料の一二を擧ぐれば、日本人に遵法的精神を盛んならしめたる事。秩序を重んずる事を知らせたる事。信義を守る事を知らせたる事。廉潔を重んずべき事を知らせたる事。艱苦缺乏に耐ふべき習慣を養成したる事。忠孝の大義を一般に普及せしめたる事等である。併し悲しい哉今日では、この我等の祖先が養ひ來りたる、日本人氣質なるものは、何處に飛び去つたか。恰かも紛失したる現状である』(『勝利者の悲哀』昭和廿七年九月十日「大日本雄辯會講談社」發行)と。


 我らは蘇峰翁の「徳川幕府」を「戰後體制」に置き替へて、現代を考へる可きである。
 自民黨から民主黨政權に至れる戰後體制にあつて、その批判に明け暮れるばかりでは、埒の空かぬは自明であらう。左樣な時代であるからこそ、理想を掲げ、國學を發展し、我が精神を鍛へねばならぬのである。


 前囘のコメントに續投するやうであるが、民主黨體制打倒の幟旗を掲げると共に、自身の内にも日本精神練成の幟旗を掲げたい。
[PR]

by sousiu | 2010-03-30 18:43 | 小論愚案

3・28 民主黨に物申す神奈川縣大會

 本日は、同志先輩と共に「民主黨に物申す神奈川縣大會」を行なつた。
天候が危ぶまれたが、ついぞ解散まで雨に降られることなく行進を遂げること適つた。

 とは云へ昨日の陽氣が嘘であるかのやうに、強い寒風に見舞はれた。
それでも馳せ參じて呉れた同志諸先輩は、その數350名。

 大會挨拶で瑞穗塾々長・伊藤滿先輩が「參加者全員が主催者であり呼び掛け人であり云々」と。
正に其の通りであると思ふ。三澤浩一先輩もよく云ふ「“參加して呉れて有難う”とは云ひませぬ。何故ならば誰れ彼れの爲めの運動ではないのだから」と。

一人々々の意識の結晶體が「集會」や「デモ行進」てふ現象に繋がつてゐるだけである。


 三月廿二日、『維新といふを、政治體制の變革と考へるは愚かである』と云うた。
さう斷言することにいさゝかも小生は躊躇しない。
 だが、默過すると云ふことゝは別論であることは云ふまでもない。
『國體明徴』の大義のもと、これを阻まむとする民主黨政權と、その政策を、木つ端微塵に粉碎する可く350のかひなは天をも貫かむばかりであつた。


f0226095_21563090.jpg

[PR]

by sousiu | 2010-03-28 21:57 | 報告

三・二八 民主黨に物申す神奈川縣大會御案内

 本日、二囘目の更新となる。

 明日は横濱市中區萬代町の大通公園にて、同志と共に『民主黨に物申す神奈川縣大會』を行ふ豫定である。


平成二十二年 三月二十八日(日曜日) 雨天決行

第一部・集 會(十四時より)横濱大通り公園(横濱市中區萬代町一)
第二部・徒歩行進(十五時より)集合地點・解散地點同じ

※日章旗・旭日旗・會旗・隊旗・大會の主旨に沿つた幟、プラカード、ハンドマイク等歡迎致します。
※原則として服裝は自由ですが、華美なるものや行進に適さない服裝は御遠慮下さい。
※駐車場の用意は御座いませんので、交通機關を御利用して戴ければ幸ひです。
※一般の方、亦は御家族・隣人の方々も御誘ひ併せの上、御參加下さいませば幸甚です。

〈呼び掛け〉神奈川有志の會
(呼び掛け人代表・伊藤滿)
愛心翼贊會・菊水國防連合・義信塾・大日本勝魂社・大悲會・同血社・瑞穗塾・憂國清心同友會(五十音順)


 御時間に惠まれます有志各位に於かれましては、揮つて御參加下さいますやう御頼み申上げます。
[PR]

by sousiu | 2010-03-27 18:49 | 運動案内

敬意もて拍手す 貳

=承前=

『一般文書は勿論、學術的な論文等にもワープロが用ゐられるにつれて、漢字の不足が顯在化した。また字體についても「森■(區+鳥)外(=もりおうぐわい)」の「■(區+鳥)」が正字で出ないとか、「屡」を「屎」」の下に「女」と書くやうな擴張新字體、謂はゆる「朝日文字」に對する批判も高まつた。~中略~ 常用漢字表では略字が「標準字體」であるから、「標準字體」の趣旨が兩者で正反對なのである。國語審議會はこのやうな矛楯を殘した儘、同年末、行政改革により廢止された(平成十二年十二月)』(福田恆存著『私の國語教室(文藝文庫版)』解説にて)※文中■及び()内は小生による。

『抑も、正假名・正字は語の歴史を背負ひ、日本語の基本原理を表現してをり、そのゆゑにこそ、其の歴史と原理の下で言語生活を營む日本人にとつて扱ひ易く、延いては人間の腦を模型化したコンピユーターでも容易に扱へるのである。~中略~ 過去の文獻は、先人の學問的校訂を經て、正假名・正字に統一されて記録されてゐる。それならば今後の文獻も正假名・正字で入力すれば好い筈である。書法が統一されてゐれば、民族の遺産が誰でも自由に活用できるのは勿論、情報處理、特に檢索や分類にどれ程恩惠を齎すか量り知れない。かうした構造的長所を喪失した現代假名遣によるシステムは煩瑣な例外處理で辛うじて實用に堪へてゐるに過ぎず、將來の情報解析の足枷とならう』(同)
 と。

 氏は斯くの如く思ひをもて「契冲」の開發に着手したのであらう。
 それが如何程普及たらしめたか小生には識る由もない。
 しかし、現状を默過せず、一歩前進を行ふに至つた氏の志には敬意を表し度い。
 固より氏の論文には多少の宣傳文句も含まれてゐるかも識れない。
 だが、かうした研究の成果と、普及が商として成立することに何の違和感があらう。
 駄文で綴られる我が機關紙でさへも、少額乍ら、頒價が設定されてゐるのである。

「私の國語教室」(文藝文庫版)の解説で氏は、戰後國語文化の廃頽を憂慮し乍らも、

『しかしその一方で、パソコンを使つて正假名・正字の文章を綴る若い人がインターネットやミニコミ誌に登場し始めてゐる
 と述べてゐることも附記し度い。
[PR]

by sousiu | 2010-03-27 16:12 | 日々所感

敬意もて拍手す

 起床。何日かぶりの快晴。春である。
 産土神社參拜後、御社の近所にある豆腐屋で豆乳を買ふ。この豆腐屋は戰前から平沼の人達に愛されてゐる。この店の豆乳は美味であり、いつも寄ることから既に日課のやう。店の御婆ちやんはいつもゝゝゝ油揚げや、がんもどきをおまけしてくれるのだが、料理する譯でもなし。御氣持ちだけいたゞいて談笑し、失禮する。

 扨、昨日の内容に續くようだが、所謂、パソコンにて變換不可能の漢字が存在するにことに關して、これを憂慮し、螳螂の斧を揮つてゐる御仁があつた。

 正假名遣・正漢字對應の正統國語ソフト「契冲」を開發し、國語文化の研究、護持に努めてゐる市川浩氏その人だ。今日は、氏の發言を列擧し注目してみたい。



 市川氏曰く
『日本民族を存續せしめてきた、獨自の文化とは、皇國(すめらみくに)といふ國體言靈(ことだま)の幸はふ國語豐葦原の瑞穗國の水稻農業、「花は櫻木」といひ、また工(たくみ)といふ木や森との共生、以上の四つが、恰も正四面體を形成して、密接に結附き(産靈)、これを核として生成發展してゐる、といふことであります』(『明海』平成十一年五月「明海大學」發行)


『「古事記」によれば、言靈の響きは天地開闢と同時に始まり、應神天皇の御代に漢字が渡來して文字の使用が始つたとされます』(同)


『國語はたとひ音韻や文體が變化しようとも、その根源は平安中期以前の言葉に他ならず契冲が、この時期の文獻を根據に、假名遣の原理を確立したのは、劃期的な業績であると同時に、將來を含めて、我が國の歴史上すべての文書を「統一的に表記」する鍵でもあるのです』(同)

=續=
[PR]

by sousiu | 2010-03-27 15:18 | 日々所感

聲涙倶に下る

 起床し、洗顏。歩いて二分ほどに鎭坐されます産土神社を參拜。

 昨日、幼馴染でもある杉元勝也氏が、軍歌・戰時歌謠のレコードを自宅に屆けてくれた。
 彼が大切にしてゐたものであるがプレーヤーが無くなり、聽くことが出來ないので小生に、と。
 中には年代物で貴重なものもあつた。感謝。

 時代はデジタルである。平成生まれの若者は、レコードを見たことない人達も多いと思ふ。
 本が賣れない時代だ。インターネツトの普及は多くの恩惠を社會に齎せたが、失はせたものも同じく多い。

 文字もそのひとつである。

 實際にインターネットで表記する能はぬ字も尠くない。
 備中處士樣のコメントにて氣付いた方も多からうと思ふが、[金+獲の右=くわく]はネツトで表記することが出來ない。備中處士樣は苦慮のすゑ、斯樣な表記をしたものだと恐察する。
 先日、知人から指摘されたのだが、このブログ、パソコンからは「神」といふ文字が表記されても、携帶電話からは見ることが出來ないさうだ。事實確認してみると、確かにさうだ。その一文字が空白となつてゐる。携帶電話では「神」しか出て來ない。

 本を讀まず、インターネツトに頼れば、その内に消えゆく文字もあるかも識れない。
 [金+獲の右=くわく]而已爲らず、「神」といふ字も軈て解讀不能となり、『誤字ですよ』と指摘されかねない。
「神」と「神」では文字の持つ眞義が全く異なつてしまふのだ。

 小生は「それも仕方ないぢやん」と云へるほど、デジタル文化を獎勵してゐない。
「ならば如何せい、と?」と思はれる諸君もをらう。
 小生は、ネツト文化を排斥しろ、配信會社を抗議しろなどと云ふでない。

 本を讀む樂しさを忘れずに、と云ひたいだけなのである。
[PR]

by sousiu | 2010-03-26 11:46 | 日々所感

相原修之命

 横濱は雨。起床し、産土神社參拜。水天宮平沼神社 天滿宮參拜。


 「右翼は“政治結社”といふがこれは屆出を行ふ爲めの便宜上のもの。本來、民族派は政治鬪爭などで落ち着くものではないでせう。ぢやあ思想戰爭?それも違ふ。宗教戰爭なのだよ」
 常にかう話してゐたのは故相原修兄だつた。
 彼が彼を知る行動右翼に尠からずの影響を與へたことは、素直に認めたいと思ふ。
 いや、言葉を正確に用ゐるのであれば、今後の陣營内に、彼の發言の多々は愈々その光輝を發し、その影響を逞しいまでのものとするであらう。

 嘗て行動右翼は反共を訴へ、一定の成果を收めたことは誇つてよい。小生もその末席を汚し、微力乍らも自ら縛に就いた經驗もあり、弊社設立以前に於ても、當時の門人はそれゞゝ新聞紙面にその名を晒した。

 だが、東西冷戰構造が終はつて久しく、反共・滅共は當時の急務であつたにせよ、今にして第一義でなかつたことの説明は要しまい。
 そして小生は悉く自民黨政權を痛罵した。やはりこゝでも自らが血を染めて、囹圄の身となつた門人もひとりふたりではない。

 その自民黨政權打倒の幟旗は、昨秋より弊社の一室に眠つてゐる。
 かの政權の終焉は我らに何を齎せたのか乎。

 あれほど小生、自民黨政權打倒を熱願しながら、一體今の日本は如何であらう。
 今の日本が小生らの本望であり本願であつたのか乎?

 であるからこそ思ふ。「自民黨政權打倒」も所詮、第一義なぞではなかつたのだ。
 「民主黨政權打倒」も然り。焉んぞ第一義にあらんや。
 そこで今、修兄を偲びつゝ、彼の發言の數々を想起する。

 繰言を申すやうだが、相原修大人命の血聲は、今後の陣營内にひとつの大なる影響を齎すであらう。


f0226095_1435268.jpg




 相原修大人命については、下記サイトに詳しい。
  
  http://home.s02.itscom.net/boukyou/ (『防共新聞=電子板=』 「資料館」古學・國學欄)
  
  http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t24/l50 (『九段塾』 「平田篤胤大人檢證者・相原修神主」項)

 同志各位の御一讀を希ふ。
[PR]

by sousiu | 2010-03-25 14:04 | 日々所感

推薦一書

 早朝、産土大神の御社を參拜。戻り朝食をいたゞく。小雨。

 昨日コメントを下さつた備中處士樣は小生が深く私淑する御方、今は九段塾の管理人として文章報國に携はつてをられる。
 小生これまで、我ながら良き師、良き先輩、良き同志、良き後輩によくぞこゝまで惠まれたものだと本當に熟々感じ入り、常々感謝してゐる次第であるが、この御仁に受けた影響も尠くない。

 備中處士樣との御縁は、閒接的に故神屋二郎先生といつてよい。
 そして、更にその御縁を深めるに、惜しまず力を貸して呉れたのは、さう、坂田賢兄も欽慕された故相原修兄なのである。修兄は神屋先生の一門人であつたと云つても、誰しも毫も否定するまい。修兄もそれを誇りに感じてゐたことは、兄の遺稿よりうかゞひ識ることが出來る。

 その神屋先生と修兄の靈導によれるもの。小生は斯く思つてゐる。これを靈妙といはずして何と云はう。

 こゝで備中處士樣の御承諾もなく勝手に諸賢へ御紹介致し度いものがある。備中處士樣の開設する『九段塾』。是非同志賢兄に御一覽を御奬めする。
 

 http://9112.teacup.com/bicchu/bbs
 ■□■九段塾/靖國神社の正統護持のために■□■

 こゝ「一艸獨語」に來られる顏ぶれを見るに、行動右翼の中でも小生と違つて一風變はつた、あいや(元へ)、骨太の方々。
 機會あらば「九段塾」にて是非御發言なされるが宜しいでせう。(失言蒙御免・苦笑)

 
 書籍ではないが、家(ホームペヱジ)と申すくらゐなので、小生御奬めの良書てふことで・・・・。
 御後がよろしいやう・・・・でもないか、別に。



 備中處士樣、今後とも何卒、御敎導賜はらむことを。

 日文字樣、かうした更新はならぬのでせうか?まるで内輪ネタですね、汗。
[PR]

by sousiu | 2010-03-24 11:18 | 良書紹介

皇神を畏れ奉らん

 維新といふを、政治體制の變革と考へるは愚かである。
 即今、坂本龍馬先生をはじめ幕末への關心の高さか、民主黨も何となれば好んで維新を口にする。笑止千萬だ。

 凡そ我ら人ごときの權や智、況はんや數や力なぞで行はむとする變革は、結果の如何に關はらず維新ではない。
 神慮洪恩のもと、天業を翼贊せむと祈祷熱願する民草の丹心が確乎一體となつてこれを成す、それが維新である。

 積年に亙り民族墮落を獎勵し、腐敗を默過した自民黨政權が昨夏もろくも瓦解した。
 この大手柄は民主黨によるものであることゝ我々は認めねばならない。
 だが、日本は何が變はつたのか乎?相も變はらず魑魅魍魎は跋扈し、土蜘蛛はその蠢動を逞しうしてをるではないか。
 選擧とは、即ち權益者の單なる優勝劣敗に過ぎず。禽獸の繩張り爭ひのやうなもの。過去に於ても未來に於てもこれ以上でなければこれ以下でもない。
 とは云へ、此度びの政權交代は、政黨批判の限界を我々に敎へ、維新とは何かを冷靜に考究する機會を與へたのである。


 貞永元年『御成敗式目』はかう白す。
神者依人之敬增威、人者依神之德添運』と。
「神は人の敬によつて威を增し、人は神の德によつて運を添ふ」とかういふことである。

 だのに神の子と自稱せる者に問はば。日本を神國と唱ふる者に問はば。
「我が國に軍隊が無いのは、憲法第九條の仕業ざが爲め!」と左樣に答ふる者がある。
 噫。明治維新は去つて遠し、と云ふほかない。軍について語らせるにこれである。
 畢竟、人力に對する過信であり、何處までも人爲的權力の信奉者なのですな。
 おかしなゝゝゝゝ自稱保守派、市民運動家はまさに魍魎(すだま)。徒らに人を迷はせしもの。

 我が國に軍隊が無いのは、神意にほかならない。我が國民の精神が再び健全溌剌となれば、然る可くの神慮と靈導の御誘掖を得られ、神軍は再び萬國の眼前にその稟たる隊伍をあらはし、快刀亂麻を斷つ可く宇内に平和を齎すであらう。小生はかう信じて憚らぬ。總ては神意なり也矣。

 ならば目下、我らの爲す可きことは何事か乎。おのづと答へは明瞭である。

 仙臺の學友・坂田昌己賢兄の發言に斯くの所感を以て歡迎の挨拶と致し度い。
[PR]

by sousiu | 2010-03-22 20:56 | 日々所感

『求道語録』

 先日、圖らずも福永武學兄より『求道語録』(昭和四十二年三月十日「大東塾出版部」發行)を複數册御惠投いたゞいた。
 以前にも拜讀したことのある此の良書、うつかり知人に貸出したところ、再び小生の許に歸することのなかつたものである。其の喜び大なるかな哉、福永兄へ幾重にも感謝申上げ度い。
 其の日、宛ら舊友と再會したかの如き嬉しさと共に味讀したのであつた。

 讀後、ふ、と氣付いたことがあつた。
 どれもこれも一語一句をゆめおろそかに讀む能はぬは云ふまでもない。その中でも、嘗て非常に感銘を承けた玉言も然り乍ら、新たに出會つたかのやうな印象を承けたものも尠くないことであつた。大袈裟に云へば、同じ本であるか乎、とも思へた次第である。

 印象深き玉言の總てを今こゝに列擧すること適はぬが、幾つかを謹んで掲出すれば、

『人力には限度がある。神力には限度がない』(第二章)

『德を積め、特に陰德を積め』(第二章)

『「死にきる」ことだ』(第七章)

『政治は勿論大切だ。しかし政治以前のものがもつと大切だ』(第七章)

『敗戰は、「天のフルイ」だ。ここで「ほんもの」と「にせもの」とが「天のフルイ」にかけられて、はつきりとする。ごまかしは出來ない。これはいいことだ』(第十章)

『「終戰の大詔」は「再建の大詔」であり、「第二の建國の大詔」だ』(第十章)

 等々である。


 嘗ては、

『「一人國を興す」ていの大氣魄を』(第一章)

『いいことは眞似でもいいからやれ。一生懸命にやつて居れば、そのうちに獨創性が出てくる』(第二章)

『富士山に對してはづかしくないやうな人閒になれ』(第三章)

『火花の散らぬ樣な、なまぬるい勝負をするな』(第五章)

 以上の言葉に殊、強い衝撃を受けそして傾倒した。
 尤も、今でもかうした言葉を、常の心得として忘れぬやう自分なりに心掛けてゐるつもりだ。

 
 犬馬の齡を重ねる小生でも、光陰と共に遲し乍ら成長してゐるとのことなのだらうか乎。
 そして十年後、『求道語録』は、再び、別な本かとの錯覺を與へるのであらうか乎。

 小生の生涯手放せぬ一册である。


f0226095_1374574.jpg

[PR]

by sousiu | 2010-03-21 15:15 | 先哲寶文