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山陰の空から

 これまでの運動家人生を振り返へると、尠からず抗議や糾彈運動を展開してきた。
勸告文や抗議文を提出したこともある。

 そんな小生に本日。遠く山陰より抗議の聲が屆いた。
抗議の主は中上清志氏。曰く、
「小生は酒は飮まぬ」と。
 六月五日付けの此の日乘に對する抗議であつた。汗。
 つまり、平澤派ではない、と。
 これは洵に申譯ない。中上主、何卒御寛恕あらむことを。
明らかに“記憶違ひ”。“捏造”ではないので惡しからず。

 抗議を行ふ側の住民たる小生。抗議を受ける場合、非は非と認める模範生でありたいものだ。
世の大臣らは小生の潔しを習ふ可きだ。苦笑。

 目下の大臣、與論の動向而已に注目し、その大小もて態度を決定しをる。そは、正論である乎、否乎ではない。
 民主主義は多數決主義に陷るを解らぬでもないが、それでは群衆に雇はれたるだけの木偶である。
 絶對多數に怯懦することなく國家の長計に鋭意着手す可きだ。
 
 多數決主義に命運を左右されるならば、説明を要さず福田派の意見なぞ、既に木っ端微塵だ。
然るが爲め、福田派こそ、眞に迫りて民主主義打倒を旗印に掲げるものである。笑。

 大臣にも檻中に拘束す可き者らがある。在野にも大臣とし度き者らがある。
河原博史も後者の一人と考へるが中上兄よ、果して奈何。
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by sousiu | 2010-06-29 19:21 | 日々所感

日々所感

 昨日は阿形充規先生に隨伴し、某懇親會に出席。
 都内のとある古風な造りの居酒屋にて、參加者が一人づゝ何かしら發言するてふ樣式にて進行する月一度の會だ。因みに料理はまことに美味である。

 此の會にて、民族派と呼ばれる者は大日本朱光會と小生のみ而已。他は樣々な分野で活躍する、老若男女の別もなく、人種の別もない、謂はゞ混ぜ御飯のやうな顏ぶれである。

 此の會に參加し毎囘頼もしく思ふことがひとつある。
 皆による發言の總てとは云はざるも、大半が日本について語られることだ。

 そは憂國であり、愛國である。固より憂國談義が右翼專有であつてはならぬ。まことに嬉しき限りである。
 而も能く勉強されてをる。小生が參加するやうになつて恰度二年であるが、其の頃から既に憂國談義は行はれてゐた。尤も會合の發足當初から參加してゐる阿形先生の、尠からずの御盡力もあらう。
 こゝではこれまで知人に右翼を持たない人達までもが、復古を口にしてゐる。

 正に時代は變はらむとしてゐる。戰後、“新”と云はれてゐたものは“舊”となり、これまで“舊”と思はれしものが時代を築く“新”となる。此の際の“新”は“眞”だ。世に萬全完璧は無い。占領政策、日本弱體化政策も時效を迎へむとしてゐる。米人の優秀に見えた神算鬼工も完全と云ふ能はず。況はんや神國に於てをや、だ。

 日本復古の眞なる息吹きは、全國津々浦々に芽生えてゐるはずだ。
恰も、強固にして頑丈なる混凝土の層を突き拔け、期せずして雜草が生えてくるかの如く。

 今は各人各所、連絡の密に通じ合へぬ状況かも識れぬ。然り乍ら、謂はゞ粒子であらうが、時代の要請と共に粒子は相密接して水滴となり、水滴は更に密接して激流となり、やがては巨大な岩をも押し流すのだ。
 我が固有の精神、人心は、占領政策によつて粉碎されたると雖も、抹殺されたものでないことに注目する可きである。粉碎されたる微が愈々以て小、小が愈々以て大となるは必定なり也。日本精神の復元力は歴史に證明されてをり、最早詮議するを要さぬ。

 眼中を菅内閣に奪はれたりせば日本の前途は暗し、と云はねばならぬ。
然れど、そは、政治てふ箱庭、箱庭と云はずんば一角、とまれ狹義の範圍を出でぬものにして。
 固より菅内閣のみ而已を宿敵とするは、對抗馬の連中の仕事だ。彼らの勝手にすれば宜しい。
 小生の宿敵は、菅ひとりのみ而已ならず、民主黨一黨のみ而已ならず。
これを倒さむとする彼らの好敵手自民黨も、如何に利用す可きか企む社民黨も、云はでものこと公明黨も共産黨も、機に乘ぜむとする新黨も、諸々、凡てである。
 更に戰後政黨の一團のみ而已ならず。戰後體制が小生の手始めの宿敵だ。これが所謂“巨大な岩”だ。

 日本はいつの時代にあつても常、將來に希望の持てる國だ。素晴しい國だ。
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by sousiu | 2010-06-27 18:36 | 日々所感

昨日のこと 貳 

 取材を終へ、急ぎ新橋へ。
 超黨派で集まる青年維新共鬪會議の懇親會へ向つた。

 大幅に遲れ、既に先輩方は醉つてゐた。
 我が福田派首領の福田邦宏兄。正に獅子の檻中に放り込まれた兎の如くであつた。汗。

 此の宴を廣告した三澤浩一先輩、既に酩酊状態となつて、例によつて例の如く小生に絡んで來た。笑止。
 亦た、神奈川の先輩、市村悟兄は既に三澤兄に腕を噛み付かれたさうで、齒型が克明に刻まれてゐた。一體、如何云ふ状況であつたの乎。遲れて參じた小生には識る由も無い。

 案内文にて三澤兄曰く、
『たまには「シシ」から「トラ」に變身する夜があつてもよいのでは・・・』と。
 本日の電子書翰にて曰く、
『愚生は「シシ」から「トラ」に變身する豫定でしたが、失敗してしまひ「トド」になつて轉がつてゐたやうです』と。
 如何やら記憶も曖昧らしい。

 久し振りの此の會合であつた。

 此の日は六十五年目の「沖繩慰靈の日」であつた。

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by sousiu | 2010-06-24 17:58 | 報告

昨日のこと 壹 

 昨日はArirang TVなる放送局が弊社の取材に本部を訪れた。
 
 韓國のテレビ局からは毎年々々取材を申し込まれる。
 これまで取材に應じた總ての番組を送つて貰ひ覽てゐるが、まア、日本人による反日發言の嵐、嵐、嵐だ。
他國の番組でよくもまア、これ丈、自國の惡口が云へるものだ、と思ふ。
 尤も局側の意圖的な人選であることは詮議するまでもない。

 そのやうな中で小生、孤軍奮鬪、螳螂の斧を揮つてゐる次第である。
昨日のインタビユーは當初一時間の豫定としてゐたものゝ、何と三時間弱にも及んだ。
 
 質問内容は從軍慰安婦を始めとした戰後保證、昭和殉難者(彼らは「●級戰●」と呼んでゐる)、昭和竹島、歴史認識を主として。
 くたゝゝに疲れてしまふが、日本人が皆、韓國民の喜ぶやうな斯くたる意見の持ち主だと思はれるのは不本意であり、何よりも大きな誤解を招じ來らしめかねぬ。假令其の番組の内の僅か獨りであらうとて、日本人として正しい聲を發することが必要であると感ずるのである。

 我らは韓國領事館へ抗議を行ふのも重要であり、我が外務省へ要求を傳へるのも必要だ。
 同じくらゐ、彼の電波を利用し、我らが意を直接彼の國民へ傳へるのも重要だ。畢竟、これも運動だ。外務省が意志薄弱だから民間交渉してゐるのだ。

 如何せ韓國民は「まあた、此のメガネのデブか」とでも思つてゐるのであらうが・・・・苦笑。

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※寫眞の窓の明暗を御覽下されよ。鼈の如く噛付いたら離さぬは小生の性。實は歸りたがつてゐたのは他ならぬ先方の一團である。洪笑。
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by sousiu | 2010-06-24 17:12 | 報告

復舊致しました

 パソコンが復活した。

 電子書翰が澤山溜つてゐた。己を世捨て人の如く思つてゐた小生、實は人氣者であつたことを識れされ、心豐かとなるを實感するや、よくゝゝ内容を確認すると宣傳廣告と、いづ國の語かわからぬ書翰、文章は無いが妖しげなフアイルが添附されてゐる書翰、そのやうなものばかりであつた。あはゝ・・・汗

 氣が付けば夏ももう間近。
 つまり機關紙の發行が迫つてゐるてふことだ。
 季刊であるのに早いものだ。これから夜通し書いて々ゝゝ、書きまくらねばならない。
ネツトを離れた此の數日間、氣になり乍らも、思へば氣樂であつた。其の皺寄せが來た。解つてゐたことだが・・・。
 まるで小學生時分の夏休み最終日、宿題に挑むの心境だ。
「蟻と蟋蟀」の蟋蟀もさうだ。

 眼中は國家の將來に、生活はいつも遲れを取るばかり。
 右翼つてそんなものなのかも。いや、或いは小生だけか・・・・。
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by sousiu | 2010-06-24 16:34 | 日々所感

たまには反省します ~哀愁の親父編~

 相變はらず、ネツトの出來ない環境である。
 此の日乘、携帶電話から更新が出來ず、故に自宅に歸へつた時に、娘のパソコンから更新するほかないのである。
 それゆゑ更新がまゝならぬ。
 我が日乘を御高覽下さつてゐる諸賢には、何卒御寛恕賜はりたし。
 明日か明後日には囘復出來さうであるので・・・・・汗。

 つまり。十二日以降、日乘が更新されてゐる時は、即はち歸宅した時だ。
 逆言すれば、更新されてゐない日は風來坊の時だ。
 我れながら何とも困つた親父だ。まれにこのやうな呆れた親父の話しを聽くが、河原家がつまりそれだ。

 だが、「親は無くとも子は育つ」と古人は云うたが、それも本當だ。汗顏。
「亭主元氣で留守が宜い」とは何處かの會社の宣傳文句だつたが、如何やらこれも滿更嘘ではなささうだ。
 然り乍ら、家族からの投げ掛けられたる愛情は別だ。年々それが激減してゐることは本人に問うて確かめるまでもない。此の日乘の表紙に掲げたる小生を書いた愚妻の繪を見れば一目瞭然ではないか。
 愚妻に繪心は見當らぬが、此の繪から小生に對する戀心を見付けることも亦た困難だ。

 
 今日は何やら『言論』の「醉」(「言論同志會」發行)のやうになつてしまつた。
 もう寢ませう。

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 とほゝ。


 
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by sousiu | 2010-06-23 05:04 | 日々所感

時節柄・・・「雨降つて地固まる」と。

 久し振りに自宅に歸つて來た。然も此の時間だ。汗。

 小生の事務所にあるパソコンのネツトが繋がらなくなり、更新はおろか、此の日乘を見ることすら數日間振りのことである。メールを下さつた方には惇に遺憾ながら拜讀することが出來ない。もう數日間辛抱せねばならない。新たな「便利」とは、新たな「不便」を産むものだ。ネツト社會がさうだ。

 火曜日は三澤浩一先輩が事務所に來訪。翌日の水曜日は市村悟兄。市村兄には明朝三時まで事務所を占據されてしまつた。此の日から再び昼夜が逆轉した、苦笑。相原修兄を思ひ出す。

 
 そして今日は廣島から上京した國信隆士兄と都内で待ち合はせ、意見交換もて時を過ごした。あツと云ふ間に時間が經つてしまつた。
 國信兄は敬神尊皇の念篤き同志のひとりだ。彼は私塾・洗心會を主宰し、小學生たちに神話を教へてゐる。正しく日教組の天敵たる存在だ。かういふ運動は將來、必ず實を結ぶに違ひない。宜哉。宜哉。

 最近、行動右翼にも原點囘歸の風が吹きつゝあるやうだ。尠からず、相原修兄の導きによるものと思つて小生は疑義しない。此の一週間毎日毎夜、諸先輩や同志、門人の意見を拜聽したうへでの、率直な感想である。
 
 昭和廿年から既に六十五年が經過した。紆余曲折のなかにあつて、我らが運動に於ける方向性や指針も、にはかに定まつてくるのかも識れない。

 それでは。おやすみなさい。

 
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by sousiu | 2010-06-19 04:46 | 日々所感

大道藝人と我ら

 六月十三日、横濱演説會に參加。

 この演説會は、黨派を超えて凡ゆる同志が參上する。
 此度は村上女史、亦た十九歳の工藤青年も初演説であつた。
 栃木縣からは十七歳の少年や戰中派の方々も馳せ參じ、實に盛上がりをみせた。
これも市村兄の御人徳と日頃の運動に對する熱意の成果だ。

 小生も駄辨を弄すること約一時間。曇空ではあつたが蒸し暑さの爲め乎、フラヽヽしてきた。情けない。汗。
 斯く思へば、生涯辻説法を行つた大日本愛國黨總裁・故赤尾敏先生の體力も然る事乍ら、其の氣力は常人のそれを遙かに超えてゐたのだと思ふ。

 演説會の最中に一介の手品師が主催者である市村兄に挨拶にきた。
何やら驛前で手品を披露すると云ふ。彼は宮城縣出身の大道藝人であつた。
彼が手品を始めるや否や、忽ち人の輪だ。
 往來人は憂國の説法よりも手品の方が御氣に召したの乎、はたまた我らが演説が人の魅了を得るまでに及ばざる乎。いづれにせよ、とほゝ、だ。街頭は我らに更なる努力が要求されることを教へてくれた。

「酒でも飮まねエとやつてられねえなア」と云ふ平澤次郎先生の言葉を思ひ起した小生・・・・。
 福田派がいつも少數勢力であることの理由を發見した。


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※撮影:大道藝人。
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by sousiu | 2010-06-14 14:17 | 日々所感

怪文書と排外思想

 如何でも宜いことなのだが、本日、弊社事務所に怪文書が屆いた。
 相原修兄の生前から、度び々ゞ屆くが、みな同一人物によるものだ。
 内容は口汚い相原兄の誹謗中傷を主として、關係者に宛てた罵詈雜言。
弊社而已ならず、出雲大社、先輩や諸兄の自宅、事務所にも送られてくるらしい。
小生も世捨て人の如きなりつゝあるが、この者は小生を上囘る閑人だ。

 此度は神奈川縣維新協議會の名も書かれてゐる。まア弊社の惡口はいつものこと。呵々。
 曰く、「チヨン血社」と。もう少し捻りが欲しいところだ。

 一方、「在特會」支持と大きく書かれてゐる。
 小生、その在特會なる一團との交際が皆無なので解らぬが、かうした手合ひに支持を表明されるてふこと、彼らにとつて歡迎される可きこと乎、否乎。

 怪文書の件は扨て措き。殊更、南北朝鮮を蔑視する者らがある。尤も小生は日本人であるが、やたらの排外主義思想は有してゐない。
 批判の對象は彼の政權、政策であつて其の國民ではないことは、健常なる日本人に説明を要しまい。
 固より、北朝鮮に於ての主犯は朝鮮勞働黨であり、彼の人民は我らが崇高なる志と強大なる力もて解放す可き人らである。
 元來、南北朝鮮も臺灣も、我が皇國大日本の臣民であることを忘れてはならぬ。
現に靖國神社に於て祀られてゐるのは日本人だけではない。南北朝鮮人民約二萬八千柱、臺灣人民同じく二萬一千柱の御靈が祀られてゐるを識る可し。
 亦た、輕率にして淺薄な排外主義者らは、自らの思想と運動を「攘夷」と云ふ。
 幕末の「尊皇攘夷」を再現した積りか、されど現下は攘夷の敕許得る能はじ。
 自己本意の排外主義者、焉んぞ叡慮を仰がんか乎。天業を翼贊す可しこと豈に識らめや哉。

 餘談であるが嘗ての大東亞戰爭末期。昭和廿年四月十二日のことであるから、日本の敗戰濃厚は明々白々であり、同時に米軍による非人道的大空襲の眞つ只中である。
 敵國大統領フランクリン・ルーズベルトが逝去。ヒトラーはじめ獨逸は歡喜を上げ、そして詈つた。
 扨て、我が日本。鈴木貫太郎首相曰く、
『今日の戰爭において亞米利加が優勢であるのは、ルーズベルト大統領の指導力が極めて優れてゐるからです。其の偉大な大統領を失つた亞米利加國民に、深い哀悼の意を送るものであります』と。
 噫。敗戰も濃厚、切齒扼腕と雖も日本人、大和魂の氣高さよ。我らが魂、此の高所に在りてこそ、まこと世界に冠たる民族の所以なれ。
 英國BBC報じたるに曰く、
獨逸國民よ、東洋の騎士道をみよ』と。

 小生、先日、朝鮮人たる某大先輩に云うた。朝鮮人が天皇を仰いで何處がをかしいか乎、と堂々と云ふ可きでせう、と。

 天業の翼贊、世界の皇化を忘るゝ勿れ矣。

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by sousiu | 2010-06-11 17:28 | 小論愚案

第廿囘「草莽崛起の集い」の御案内

 來たる七月十七日、

 中川豐先生

 を御迎へし、御高話を賜はることゝ相成りました。
 中川先生は、國語は固より國學の研究に御專心なされ、目下、不二歌道會々員として御活躍なされてをります。

 戰後改惡せられた我が言擧げ、殊に國語表記の亂脈は甚しく、此度は中川先生に占領假名遣ひの罪過を御指摘いたゞくと共に、日本人としてまこと正しき言葉遣ひを御教導賜はり度く存じます。

 北畠親房大人の曰く、『國の亂れる初めは言葉の紊れにあり』(神皇正統記)と。混迷著しくある當今。我々日本人は、改めて北畠大人の訓誡を肝心に銘ずる可きでありませう。
皆々樣に於かれましては時節柄御繁忙のことゝ恐察致しますが、是非とも御誘ひ併せの上御參加下さいますやう伏して御願ひ申上げます。

    記

● 講   師 : 中川豐先生(日本文化史研究家)
● 演   題 : 「現代假名遣ひ」を斬る
● 日   時 : 平成廿二年 七月十七日 (土曜日)
          十八時 卅分 開場
          十九時 開演
● 會   場 : 神奈川縣民センター四〇二會議室
● 住   所 : 神奈川縣横濱市神奈川區鶴屋町二の廿四の二
● 電   話 : 〇四五(三一二)一一二一番
● 會場整理費 : 二千圓

● 懇親會時間 : 廿一時 三十分 ~
  會    費 : 四千圓 (懇親會の參加を希望される方は當日受付でその旨御傳へ下さい)                                                                                    
● 事  務  局 : 〇三(五四〇二)三六六五




 此度は日曜日でなく、土曜日です。御間違へなきやう宜しく御願ひ申上げます。九拜
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by sousiu | 2010-06-10 00:30 | 運動案内