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日々是好日

 本日は、國民協議會の新年會に出席する爲め茨城縣結城郡へ。
 弊社は三人。道中、山口秀明先輩はじめ愛倭塾諸賢や市村悟兄と合流する。

 新年會は盛大であつた。陣營の諸先生のみならず、各界の識者を含めて、四百人は集まつたのであらうか。
 歡談中に和太鼓が催され、何か懷かしさを感じさせる獨特の、あの律動的な拍子と共に振動が服を傳はる。
 歌手も登場し、賑やかなものであつた。
 寫眞家の平早勉さんに會ふ。平早さんにはいつもゝゝゝ御世話になつてゐる。近日、書籍を出版することになつたとか。おめでたう御座います。小生も近日に、・・・・・機關紙を・・・出さなければならないのだけれどもね。汗。

 國民協議會議長・清水政男先生に、急遽、中締めを仰せつかつた。相州の、田園地帶に住む田舍者に、何とも勿體ないことだ。
 新年會も終はり、山口先輩、市村兄と歸路へ向かふ。さすがに最近は滅法寒い。夜になれば更らに寒さも増す。
 寒い、と云へば數日前、熊本縣に住む若き士、鈴木田舜護選手より一報あり。彼は當日乘でも度々發言をしてくれてゐるので、彼についての説明は無用であらう。
 鈴木田選手曰く、「これから向かひます」と。
 さては姓名判斷に次いで、何ぞ新たな蘊蓄を覺えて小生を暗澹たる氣分にでもしようと云ふのか。さらば彼の來訪を決して快く歡迎するものではない。いや、まてよ。彼が長逗留するやうならば、機關紙の發送作業、書籍の整理等々、毎日色々なことを手傳つて貰はうー、と魂胆を巡らせ、快く到着日を尋ねた。すると彼は上京に一箇月以上掛かるといふ。どうしたものか。彼は自轉車で熊本から來ると云ふのだ。彼の曰く、遊学するのだ、と。若いとは本道に大したものだ。
 小生なぞ、今日の往復で、便所に車を降りるのも一々躊躇したほどだ。それ、四十歳と廿二歳といふ年齡の差か、それとも根本的に何かが違ふのか。
 この寒風寒波襲來の折り、彼は一體何を考へてゐるのかさつぱり判らぬが、無事に到着することをひたすら祈つてゐる。
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by sousiu | 2011-01-31 02:31 | その他

日々是皇日

 廿八日。新橋へ行く。その後、今は茅ヶ崎市に住む母のところへ。
 遲ればせながら親孝行を覺え、近年、月に何度か顏を出す。思へば十代のころは親不孝者であつた。親不孝を自慢するほど愚かではないが、感心な少年時代で無かつたことは事實だ。

 廿九日。晝に起きて阿形充規先生の事務所へ御邪魔する。今日は都内で行はれる會合に隨伴。會合の席上で先生から「何か話しなさい」と云はれたので神皇正統記について駄辨を少々。卅分ほど前に歸つて來た。
 明日は早くから茨城縣結城郡へ。寢る前に日乘の更新をしておきたい。(機關紙は明日・・・・だ)



●草地貞吾先生、『天皇私觀』(平成八年八月十五日「日本民族覺醒の會」發行)に曰く、
天皇には一般國民のやうな家はない。だから天皇とか、天皇一家などといふ言葉は不當で、驅逐しなければならない
『われゝゝは、天皇といふやうな狹小にして非國民的な言葉を一掃して、從前のやうに 皇室と申し上げ、日本の全家庭はこの 皇室をそれゞゝ各姓氏の原點、大本と仰がねばならぬ』と。


亦た、
『神武天皇を第一代とする連綿百二十五代の 天皇はみな同一である。天皇には大天皇もなければ、小天皇もない。老耄の 天皇もなければ、幼弱の 天皇もない。天皇と申すかぎりにおいては完全に自己同一であり、一貫不動である。
天皇はアレクサンダー大王やペートル大帝のやうなものではない。然しまた、桀王、紂王はもとより、幽王や少帝のやうなものでもない。在位五十年を超ゆる 天皇も、在位一年に滿たない 天皇も、天皇たることにおいては寸分の違ひもない
天皇に對する差別、個性觀はやがて革命思想に通ずる。明治天皇は殊更に明治大帝と稱揚されることを喜ばれない。孝明天皇も 明治天皇も 大正天皇も、みな同一である。それは萬年杉の一貫生命にほかならない。天變、地異、豐年、歳荒などにより、年輪に肥瘠、大小は生じても、天空を摩する神木の生命は、無窮に連續發展するものでなければならぬ』と。



 テレビに流るゝ、所謂る「天皇」「天皇一家」なる不敬用語の連投は、その一事を以て反皇室の底意ありと見做すことが出來る。若しもこれ、短見にして過言であると彼らを擁護する者あらば、尠かるとも謹愼たる心ばへなきことだけは確かであること、何人も異論ありとしまい。かゝるマスコミに於ける不敬高慢、教育に於ける不遜傲岸を思へば、中井洽の如き賊の登場も別して理由なきとしない。まさに寒心堪へざる心地である。若しもこれを挽囘する祕策あるとするならば、そは我ら一人々々の努力に掛かつてゐる。不敬なる言葉を撃滅す可く啓蒙を續けてゆくことも、大切なひとつである。不幸中の幸ひとして、マスコミ、教育に對する不審が高まりつゝある昨今である。それには先づ、自らが不敬なる言を愛用しない。投じない。常日頃、これを心得、かたときも忘る可からず。
 萬里の道も一歩からである。
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by sousiu | 2011-01-30 02:25 | その他

反日の享受者となる莫れ矣

●日本民族覺醒の會々長 山崎幸一郎氏『天皇私觀』草地貞吾著(平成八年八月十五日「日本民族覺醒の會」發行)卷頭に曰く、
『近頃頻りに言はれる「皇室の民主化論」「開かれた皇室論」がさうであり、そして巧みに仕組まれた「夫婦別姓制導入」「定住外國人への參政權附與」及び「國籍條項撤廢」(在日韓國・朝鮮人等を縣や市の職員に採用するための)等々がそれである。右は何れも我が國の傳統・文化ひいては國體を破壞する何物でもない。が實は例の當事者たちは重々それを承知してゐる、いや承知してゐるからこそ、かくの如くこの運動に血道を上げてゐるのである』と。

 更らに曰く、
『次にもう一つ看過できないのは、最近しばゝゞ保守派と思しき識者?が、同じく保守的・良識的雜誌と評價されてゐるそれに書いた文章が、實は極めて「反天皇的」な眉唾物である場合が多いといふことである

『例へば昨年(平成七年)の「文藝春秋」(三月號)に載つた江藤淳慶大教授の「皇室にあへて問ふ」といふ 皇室及び 皇族批判がさうであり、今年(平成八年)の月刊「諸君!」(四月號)の小池順といふジヤーナリストの「敢へて『皇族』を問ふ」といふえげつない 皇室批判の文章がさうである』

『そしてもう一つは、そのやうな 皇室及び 皇族侮蔑の「反國體論」が、市販雜誌で全國津々浦々に流布されてゐるのに、これに對する批判の聲が殆ど上がつてゐない(江藤氏のそれには若干あつた)といふことだ。果たして今日の日本人の多くが、右の文章のそれを肯定してゐるのか?無知・無關心によるものであるのか?何れにしても由々しき事態の到來ではある

『昔(十年)前までは、「國體亂れて國體論興る」と言はれるほどに「反國體・反天皇的」言行に對しては、直ちにそれを駁撃・筆誅を加へたであらう、國體論者が大勢あつたと思はれる。昨今それが影を潛めてゐるかに見えるが、原因は何處にあるのであらうか』


 先日、保守派と自稱する、某市民團體の副會長と對話した。彼は、彼らの運動の支柱が、尊皇から發せられるものではない、と告白した。だが元來、日本人たるもの、と云はんか日本人ならでは、と云はんか、「夫婦別姓制導入」「定住外國人への參政權附與」「國籍條項撤廢」を反對する理由が、上記の如くある可き筈である。
 某氏は續けて曰く、「だから、それらの反日政策が雲散霧消すれば我々の團體は無くなつても宜い」と。
彼は僞りなくさう思うてをつたとしても、參加者は果して如何か。

 事情を詳しく識らないが、一般に聞かれる、「差別が無くなり困るのは、差別を無くせ、と訴へる人らだ」と。
 反日的言動、政策が發生し、始めて自己の存在が明確となる運動は、換言すれば、活躍する場を欲せんとすれば、反日的言動を俟たねばならぬ。それは政治ゴロ、新聞ゴロに明確だ。彼らは一見、政治の腐敗を糾彈するが、腐敗無ければ書く材料を失ひ、賣る可き紙を無くすのだ。極言すれば、腐敗根絶は、彼らの最も困惑する事態だ。コインに表裏の別あるも、畢竟同じコインであるが如く、政治ゴロ、新聞ゴロは、腐敗政治と腹背の干繋である。腐敗政治の享受者である。
 
 いやしくも保守派を自稱する者が、反日政策の享受者となつてはならぬ。それらが一掃された時、はかなくも共に消えて無くなる勢力を、保守派とは云へない。
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by sousiu | 2011-01-29 13:30 | 日々所感

我れ山頂を仰ぎて麓に在り

 昨日の日乘を讀み返へしてみると、誤字あり、意味不通の箇所あり。二、三の加筆、修正した。
 讀んでくれてゐる御仁のあるか否かは判らぬが、さう信じて恥づかしながら、改めたものだ。
 (いや、勘違ひしないで。昨日、「コメント」が無かつたから、卑屈になつてゐるのではない。小生は、全然平氣だよ)

 たゞ、機關紙はさうもまゐらぬ。人に寄せる文章も然りだ。
 今日は、諸賢より賜はつた書簡の返信と、ミリオン出版の長島女史より承つたコラムの執筆。あ、あと機關紙の執筆の續き・・・・、それは五十文字ほどかな、進んだ。汗。


 話しは變はるが、昨秋、山梨縣に住はれる某翁より御指摘をいたゞいた。
 翁曰く、「もう少し、自分自身の言葉を遣ひたまへ」と。
 この御指摘は眞摯に受止めた。小生、淺學のそしりを免れる能はず。道遙るかなるを識りながら、未だ麓に在りて日々山頂を仰ぐの心境だ。
 されど現在、默して語らぬこと堪らへ難くあり。故に先人の言乃葉を謹んで抄録し、筆誅・・・とは烏滸がましく、文章報國・・・それに叶はぬまでも、微力を盡くしてゐるつもりである。小生の言葉でないことは事實であるが、小生の意であることも、まがうことなき事實である。

 尤も、先達の玉文を抄録するに誤字があつてはならぬ。先達への禮儀だ。一度、こつそり備中處士樣から誤記の御指摘を賜はつたが・・・・汗。
 しかし自分の文章にはどうも油斷があるやうだ。
 先づ、言葉を大切にすることー、これを小生は克服しなければ、到底、某翁の御期待に應へる可くもない。

 「言葉は生きてゐるから時代と共に變化する」とは何處かの作家の言葉だ。
 賣文屋ならではの御尤もな御意見だ。變化に對應出來なければ、賣るものがなくなる。

 だが、文化を護る、といふ我らはさうではない。先人による、珠玉とも云ふ可き學究の成果を學ばねばならぬ。
 我らは復古を實現せんとする維新陣營ー、國史を學ぶのみでなく、精神、志操、理念・・・、かうした筐底に祕するが如くある遺産を繙かねばならぬ。言葉を正さずんば、その作業は進行をみないのである。
 それを證明するかの如く、幕末志士達は洋書や蘭學を座右の書としたのではない。大日本史や頼山陽先生の日本外史、そして惟神の道を説く書籍を手元にし、愛したのだ。何故なら、そこにこそ彼ら先達の魂を揺るがすものが在つたからだ。

 某新右翼の代表は、英語を流暢に話せる。それはそれで大したものだと思ふ。皮肉ではない。
 小生は英語の讀み書きはまつたく出來ない。けれ共、明治、慶應の御宇くらゐまでの古書は如何にか讀める。「それより英語を讀み、書き、話せるはうが遙るかに此れからの社會に役立つ」と思ふ御仁が多いと思ふ。正しい見解だ。されど小生は「これからの社會」より「これからの日本」の役に立つ一人の日本人になりたい。 小生が利口ならば、兩方を同時に學べたであらうが、さうもいかない。小生にとつて、優先順位は英語でなく、亦た、流行語や和製英語ではないのだ。

 維新者はさかしまに倣ふこと勿れ。我が國の基を熱心に學ぶ可し。
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by sousiu | 2011-01-28 01:46 | 日々所感

箱根に行きました

 今日は、大行社の新年總會に出席する爲め、箱根の湯本富士屋ホテルへ向かつた。

 全國の諸先生や諸先輩で埋め盡され、アトラクシヨン(ていふのか能く分からないが)も豪華であつた。

 祝辭の先生による、清水行之助先生の御話しも良かつた。
 今尚ほ、清水行之助先生の思想と理念を受け繼ぐ大行社諸先輩には敬意を表してゐる。
 やはりそれは大變なことだと思ふのである。


 我が陣營は近年誕生した新興勢力ではない。況してや亞流の勢力ではない。
 所謂る、「新」保守などと自稱して或いは呼ばれて、得意顏の人たちは其の名の通り、新興勢力である。
 我が道統は、字の如く“道”である。求道者たらんとする者は、師に學問や行動を教はる而已ではない。生き方も教はるのだ。
 もう少し云へば、人、志を立て道に在らんとすれば、必ず受難の宿命を負ふのだ。例へば時間を避く、餘計に出費する、といふ小さきことから、大きなことでは命を落とすことさへある。道にない人からみれば、それこそ受難と觀て哀れむことであらう。
 空手だつて、拳鬪だつて、落命する人がまゝある。これらも道だ。その道さへ足を蹈み入れねば、月謝を拂ふことも、練習に時間を避くことも、身體を酷使することも、顏に傷を付けることも、試合で負けて泣くことも、或いは落命するやうな受難も無かつたのだ。だが受難を敢へて承知で道に足を踏み、而して只管ら道を極はめんと歩む人を小生は素晴らしいと思ふ。渾名ナシ兄も御詳しい、矢吹丈なぞ一卷から廿卷まで受難の連鎖だ。

 道に在る者にはそれゞゝに師がある。それは假令物故者でも構はない。而、その師なる御方は、我らに比する可からざるほど多くの受難を乘り越えて來た偉大なる先進だ。
 師の背中をみる者は、例へば己れに受難の振り注ぐ際、師を鑑み、師の乘り越えた勇氣を己れの勇氣に代へることが出來るであらう。勇氣ばかりでない、乘り越える方法だつて見せてくれてゐる筈だ。見るか見ないか、は本人の選擇だ。

 師の背中をみるー、とはさういふことだ。從つて、正しく道統を繼いでゐると云ふことは、先人の價値觀を共有するといふことだ。
 ネツト社會にはそれが不足する。ネツトで右翼と稱される住民に缺けてゐるものは、それだ。ネツトは近年誕生した世界であるから、それは仕方の無いことかも知れない。だがその、弱點を引いても餘りある缺點がある。效果のほどは別として、攻めにある時は夢境の如くあるが、一旦、受けに廻ると餘りにも惰弱なのだ。ネツトで惡口や批判されただけで恰も大災難に遭遇したやうに錯亂したり、動搖する。それしきの災難を克服出來ずにいかゞする。是非ともこれを克服する堅固な志操を築いて、次代に繼承していたゞきたいと思ふのだ。
 保守を定義するのは難しいであらうが、「新」でなく、本物の保守の御仁は、本道に腰が座つてゐる。近眼視や亂視の持ち主ではない。それは千里眼とも云ふべき眼力である。さうした人がネツトを使用し發言することもあるが、叩かれてもそれを小難と云はず、微難とも云はず、おそらく難とも思うてゐないであらう。大上段の構へを崩さず、泰然自若のまゝであるから、ようく文章を追つていけば、誰れでもすぐ判る。昨日、「九段塾」に貼り付けられてゐた備中處士さんによるURLに從つて某掲示板を讀み耽つてゐた。途中で已む無く中斷したので、現在は識らないが、過去の論爭はまつたく讀むに耐へない發言者が多かつた。
 

 我々は確乎たる道統を有してゐる。我が先進は、小生の御會ひする能はなかつた先進と相ひ繋がり、その先進は亦た、その先の先進と相ひ繋がつてをられ、それは連綿と繋がつてゐるのだ。
 
 但し、啻に我が陣營の住民であるといふことが、即ち、道統を繼ぎ、先進と氣脈が通じてゐる、といふことにはならない。何年居ようが、歩みを止めたまゝでは何にもならんのである。
 道に生くる者は、その世界の住民であることで自己到達と考へてはならない。何處ぞの門人と認められた、名刺を作つた、街宣活動に參加した、といふ丈で道統を繼いでゐる、と考へるならば、それは道に對する甚しき誤謬であり、先進に對する最大の侮辱である。
 歩くが爲めの道であるからして、小生、それを安む爲めに道がある、とは考へない。
 小生は求學求道といふ言葉が好きである。
 未だ至らぬ小生にとつて、小生の現時點での「求學」とは、如何なる座右の書と巡りあふか、といふこと。「求道」とは、如何なる辭世の句を詠む、といふことだと考へてゐる。
 

 

 樂しき箱根での新年總會も終はり、中締めとなつた。近しき諸兄は皆、宿泊し、明朝歸へるといふ。小生は失禮し、機關紙の執筆を行はなければならない。
 脱出困難と思はれたが、脱出と云ふよりも、脱走を試み、部屋の鍵を御返へしして、無事歸還。

 愈々、執筆も佳境を迎へた。もとゐ、苦境を迎へた。汗。
 歩き續けるのも、大變なことなのだなア。とほほ(平澤次郎翁風)
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by sousiu | 2011-01-27 04:42 | その他

追記:御頼み申上げ候ふ

 さう、さう。
 さういへば、今朝、困つたことが起きた。
 機關紙の振り假名を觸つてゐたのであるが、如何しても分からない書籍名があり、難儀してゐる。


 何せ、書籍も固有名詞。必ずしも、そのまゝ漢字に振り假名を振るひ、それで正しいわけではない。
 例、山海庶(さんかいしよほん

 若しも、どなたか下記書名の讀み方を知る方がをられましたらば、御教示あらむことを。。

 水戸の、烈公時代に著された書籍。
 ○八洲文藻
 ○不慍録
 ○武家女誡
 ○仙傳祕方
 ○息距編
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by sousiu | 2011-01-25 20:21 | その他

アナグマが穴から出た氣持ち

 『実話漫画ナックルズ』の編集長、高瀬元志氏が来横。
 昨日の災難の遭遇者は高瀬氏だった。

 二日間、一歩も外出していなかったので、日差しがまぶしい。これでネットで食料を調達でもしたら、最早、駄目男どころか廃人だな。

 高瀬氏、やはり昨日のブログを見たらしい。高瀬氏にもブログを勧めた。

 “日本の雑誌編集長は足で稼ぐ”・・・・っていうかどうかは知らないけれど、とにかく高瀬氏は自らあっちこっちへと出向く。
 ナックルズの編集部は一人?って思ったが、勿論、そうではないらしい。高瀬氏の流儀だろう。
 また人と接するにも極めて謙虚なのだ。僕も見習わなくてはならない。
 そして何より、ご馳走してくれる。わざわざ横浜まで来てくれたし、昨日もドタキャンしたので、ご馳走しますと言ったが、氏が蕎麦代を支払ってくれた。
 この際だから、ハッキリ言ったほうがよかろう。
 「彼は最高の編集長だ!!」

 ・・・・・・・・ま、僕の評価なんぞ何の役にも立たないんだけれどもね。(苦笑)





 小生も現代假名、漢字で普通に文章が書けるのだ。ほらね。
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by sousiu | 2011-01-25 19:49 | 日々所感

自己嫌惡の朝、いや、夜。

 まつたく何といふことだ。


 水戸へ行つたのまでは、宜い。
 だが、歸つてからその後、何故に「寢るはうが執筆がすゝむ」などと考へてしまつたの乎。

 御蔭で大變なことになつた。本來ならば、廿日には、諸賢の手許に機關紙が屆いてをらねばならぬのである。
 焦る小生は、昨日から今日の晝まで、凡そ十六時間も書き續けた。勿論、その中には調べものをしたり、振り假名を觸る時間も含まれてゐるが。
 因みに十六時間の成果は、それでも機關紙二頁分でしかない。

 而して今日は、某月刊誌編輯長と打ち合はせの約束があつた。わざゝゞ編輯長T氏は、横濱まで出てきてくれることになつてゐた。
 小生、晝まで執筆して、途中からハツキリ覺えてゐない。たゞ一つ云へることは、今、布團から出て來たことだ。
 もう少し起きてゐれば編輯長の電話も出ることが出來たのだが。その時、「何だか眠くなつちやつた。かういふ場合ひは少しでも寢るに限る。そのはうが編輯長と話すにも頭が冴える筈だ」と思つた・・・・とは云はない。編輯長も、この日乘を監視してゐるから。


 最近、少しづゝ氣付いてきたことがある。小生の正體は駄目男なのではないか、と。でも、一つ、これだけは自信を持つて云へる。惡意は全然無い。
 編輯長には今、一所懸命、電話で謝つた。小生が大反省してゐること丈は通じてくれたに違ひない。


 自己嫌惡にとらはれつゝ、ふと目を横に向けると、小生の机まはりも、愈々、悽慘を極はめて來た↓ ↓ ↓。やはり駄目男・・・か? ・・・いや、待てよ。よく出來た積み木のやうに、微妙なバランスを保つことによつて、この高さを維持してゐる。こんな技、駄目男では到底出來ないぞ。駄目男どころか、我ながら、大したヤツだ。
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 とはいへ、思ふにこのだらしなく見える環境が、遲筆と生活の惡循環の原因・・・かもしれない。
 よし、これから、捩ぢり鉢卷きを締め、大掃除をするとするか。そのはうが氣分も一新、筆のすゝむこと、最早、間違ひなし。
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by sousiu | 2011-01-24 20:30 | その他

水戸に行つてまゐりました

 日教組大會が水戸で行なはれるといふ。
 水戸は、水戸學を産んだ聖地だ。機關紙をやつてゐる場合ではない。・・・のだと思つた。
 水戸の浪士を自稱する東亞連盟改進黨・松尾秀雄黨首から御連絡を戴き、水戸驛前で演説大會を行なふといふ。これに參加するはうが、かへつてひらめき、機關紙の執筆も捗るかも識れない。いや、識れないのではない、絶對さうだ。
 かくて早起きして、門人を引き連れ、水戸へ向かつた。


  晝前には到着し、既に演説を行なつてゐた日本民族行動會議・細田政一議長を發見する。
 細田議長が主催する、日本民族行動會議は大阪を據點とする。西本願寺を襲撃、占據した眞橘道義君の所屬する團體だ。細田議長は昨日から大阪を出發して水戸にゐるといふ。恐れ入るばかりだ。

 その内、大行社の木川智選手、行動する保守氏、樣々な人が訪れた。そして市村悟兄はじめ神奈川縣維新協議會諸兄が到着した。まるで混ぜ御飯だ。まるで民主黨の愛國版だ。そこで不肖ながら小生も、ひとつ駄辯を披露したのである。内容は水戸學と日教組教育について。
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※おそれながら義公の銅像の隣にて。↑ ↑ ↑


 小生、これまで方々で演説してきたが、水戸は最も、我々に對して好意的な市民が多いところと思ふ。
 以前も水戸で演説を行なつたことがあるが、理解を示す通行人が頗る多い。
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 今年第一囘目の演説が「横濱演説會」であることは既報したが、その際にあつては、珍客が亂入。警察官が驅け寄る場面すらあつた。(因みに吾が輩は無抵抗なので被害者・苦笑)

 開國の街と攘夷の街の違ひが人間性の違ひとなつてゐる・・・・てことはないだらうが・・・・。
 兎に角、本日は小生、水戸の若者達に、かう話してきた。
 「水戸人が誇る可きは納豆ではなく、水戸學だよ」と。


 たゞいま歸宅、一日が終はつた。朝早く起きた爲めか、何だか眠くなつちやつた。かういふ場合ひは寢るに限る。そのはうが、かへつて頭が休まるから、機關紙の執筆も捗るに違ひないのだ。
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by sousiu | 2011-01-22 22:25 | 報告

小生の、お氣に入りの場所  於東京  

 一月廿日。

 古本屋「叢文閣書店」御主人より、入荷の報せがあつた爲め、ひとり神田神保町へ。
 こゝには度々來る。小生のお氣に入りの空間だ。
 今日は、平田篤胤先生の「古史成文 神代部」上、中、下と、同じく「荷田大人啓文」、そして「塙 保己一と群書類從のお話」を購入。滿足々々。

 「叢文閣書店」は目立たぬ店舗であり、店内は世辭にも廣いとは云へない。
 たゞ、良書が揃つてゐる。良書で埋め盡されてゐると云つてよいほどだ。「維新史」を主として、「神話」「神道」「國學」「國史」「國文」「郷土史」「古文書」等々。それも戰中から戰前の古書、和本ばかりだ。勿論、漫畫は固より、最近の本なぞ皆無と云うて良い。
 故に店内は狹くあるも、何時間ゐても慊らない。
 くはえて、御主人には申譯ないが、客が尠いのが素敵だ。小生の伺ふ時に、殆ど客人の來訪はない。目立たないので、店の存在が識られてゐないの乎、將た又た需要がないの乎。小生の識る由もないが、いづれにせよ、小生にとつては好都合な環境だ。

 店の矢島主人は獨特の味があつて宜い。
 「よくも、まあ、これだけ揃へましたね」と小生が云ふと、御主人曰く、
 「賣れないから溜つていつただけだ」と。
 小生は、かういふ因業な老大人には馴れてゐるし、亦た、嫌ひではない。

 御主人曰く、「今時、こんな本の積み方してゐる古本屋なんぞ、客が來るわけないだろ」と。
 確かに。山積みされた本の中を、探すのは容易ではない。崩したら、和本はバラヾヽになる。
 だが『掘り出し物』といふ言葉がある。『掘り出し物』とは、其の名のとほり、正にかういふ所より見付け出したるものゝことを云ふ。その探す作業もまた、面白きことのひとつ。

 神保町は古本屋の街だ。あちこち覗くだけでも、相當の時間を浪費する。
 故に若しも、古書に興味ある人、或いは「何か本を讀んで學びたい」と望める民族派や行動する保守の青年諸君あるならば、一直線に「叢文閣書店」へ向かふことを御奬めする。 
 叢文閣書店 (千代田區神田神保町一の九)
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 店は大通り沿ひに面してゐる。が寫眞に見える、一階の書肆ではない。この右側の階段を上がつていかねばならない。因みに、看板はどこにあるのか。見當らない。
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 狹くて妖しげな階段を二階へ上がると、
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 着いた。叢文閣書店。垣間見えるこの本の積み方、苦笑。店内奥はもつと凄まじい。でもそれが、味があつて宜しいではないか。
 「藤澤市には、こんな書肆ないだろ」と、御主人。そのとほり。だから遙々こゝまでやつて來るのである。


 叢文閣書店で時間をつぶし、いそぎ新橋へ。時對協の定例會だ。
 時對協も人が増えたものだ。既に會議室も同志で一杯だ。
 そして皆、頗る熱氣がある。叢文閣書店の空氣も好きだが、小生はこの時對協の空氣も好きなのである。
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by sousiu | 2011-01-21 04:18 | その他