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地震雲をみました

 機關紙もいよゝゝ大詰め。・・・のまゝ黄金週間となつてしまつた。
 いつも遅れがちな弊紙、いつものことながら〆切りが近付くと、やれ印刷所に紙が無いだの、やれキーボードに水を零して使へなくなつただのと言ひ譯じみたことを云つてしまふ。ま、嘘では無いので・・・はは。汗
 昨日も、多少、筆をすゝめて、のこすところ原稿用紙六頁ほどとなつた。
 最後の追ひ込みを・・・と思ふ小生、現在福島縣だ。笑止。

 地震のことを集中して書いてゐる内、一度福島の空氣を吸はねばなるまい、と思ひ、昨夜ひとりで福島縣に向かひ、横濱を出た。
 自由人もいゝ加減にしろ、と家族から叱責されさうだが、來てしまつたものは仕方がない。

 ところで、坂田兄より地震雲の寫眞を度び々ゝ送られてくるうちに、小生もいつのまにか雲を氣にするやうになつてしまつた。
 その折り、先ほど、日の明るくなると共に雲が見えてきたのであるが、福島縣の上空は何とも普段と違ふ雲ばかり。
 急いで携帶電話で撮影したのだが、判るだらうか。小生の携帶電話は古いので畫質よろしからず、確認出來ないかな。
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※撮影:河原博史。地震雲と地震の因果關係は詳しく知らないが、とにかく、そら恐ろしい樣相であつた。くはばら。
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by sousiu | 2011-04-30 08:52 | 報告

誤解を恐れず敢へて申せば。

 小生が、毎月、卑見を披露してゐる『芳論新報』で、いつだつたか「愛國」なる語は明治以降、輸入されたものであることを記したことがある。
 「愛國」の語は右左兩派に愛用されてゐることも指摘したうへで、我が國にとつて健全なる、所謂る現在呼ばれてゐる「愛國」とは、實は敬神・尊皇・崇國でなければならないことを述べたものだ。

 抑も、日本は神國である、といふ概念を持つ者に「國を愛する」といふ概念は有し得ない。
 「神」に對して愛する、といふ感情を捧げる人ありとするならば、小生はその者をあやしむほかない。
 「親」に對してさへ愛する、といふ概念は本來日本人のそれではない。愛情とは、親が子に抱く感情である。況んや、皇室に對してをや。若しさうした重大な思ひ違ひの生ずる可き理由あるならば、戰後のマスコミを始めとした“開かれた皇室”の風潮である。これを獎勵した者に、その責め大なるものあり、と斷言していさゝかも憚かるものではない。
 日本を「神國」「皇國」と信じて疑はぬ者がその「國」に對して素直に抱く觀念は、崇ぶことこそあれ、愛情といふ意識ではないのだ。
 よつて若しも「尊皇」と「愛國」が共存すると云ふならば、それは紛ふことなく「天皇機關説」だ。他ならぬ、天皇を「位」としてしか説明出來ぬ戰後憲法によつて、「尊皇愛國」の機關説者は増大した。愚かなり、戰後憲法。而、この一大事を忘れ、啻に憲法第九條に心を奪はれた改憲論者も等しく愚と申す可し。

 當日乘の客人各位に向かつて小生は「天皇機關説」の愚を一々説明する必要がないと思ふ。
 卅年、乃至五十年、或いは百年の先か、必ず後進の力によつて正しき尊皇、勤皇の義旗は翻るものと小生は確信し毫も疑ふものではないが、そのとき彼れらに、我れらをして「戰後の百年は、反日思想と天皇機關説が跋扈してゐた」なぞと皮肉、或いは指彈されるやうではならない。

 かうした話しを先日、時對協の定例會で話させていたゞいたのだが、その後の懇親會で防共新聞社遊説隊の近藤勝博君が小生に問ふに、「我れらは、右翼といふのも民族派といふのも愛國者といふのも、適宜に缺ける氣もする。では果して何と稱される可きか」と。小生は勿論、勤皇家の名稱が理想、と答へた。尤も、それは自稱ではない。後世さう他稱されるやう努めねばならない、とのことである。假り初めにも天皇機關説者だのと云はれるやうではならない。
 因めば、元治甲子禁門の役で識られる今楠公こと眞木紫灘、久坂義助、寺島忠三郎他諸先生は淀藩への哀願書に自らをして「草莽微臣」と稱してある。

 前囘、「草莽崛起の集ひ」で御世話になつた川畑先生が見事、船橋市議に當選したと朗報あり。
 愛國市議だの右翼市議だのといふと、それは何やら近付き難い黨派に屬する者として聞こえてしまふ。わざゝゞ「愛國」などと云はずとも、此度びの東北大災害を東北ひとりの問題として對岸の火事と看做す者なぞ誰れもをらぬ。東北大震災を刻下の國難と認識し、心を寄せる人ばかりだ。この状況を敢へて輸入された「愛國」の語を用ゐて云ふなれば、それこそ皆、愛國者ではないのか。
 「愛國」と「反日」といふ、いつの間にか干繋を圖式化され、夫々が立場を固定化されたことに小生は尠からず苦情を吐露しなければならない。それは本來、横一列の、然も對立構造ではないのだから。
 つまりは「崇國」とそれに未だ「及ばざる一派」、つまりは意識の高じたる者と未だ高からぬ者との干繋である。よつて對立の構造ではなく、正しくは、教師と生徒の干繋と謂つ可し。
 尊皇市議の今後の御活躍を期待したい。
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by sousiu | 2011-04-25 12:20 | 日々所感

執筆をして思ふこと

 なかゝゝ日乘も更新出來ない。
 目下、機關紙の製作に奮鬪中であるが爲めだ。
 大型連休を迎へてしまふと印刷所が閉まる。
 抑も地震で紙が不足。大手日刊紙などが新聞紙の買ひ占めをした爲め、新聞用の紙が屆かない、と今月の始めに依頼してゐる印刷所が云うてゐた。もう大丈夫なのだらうか。

 そんな心配をしてゐる場合ひではない。小生の拙稿が抑も完成してゐない。目下、苦戰中だ。


 言ひ譯するやうだが、苦戰するには理由がある。
 といふのも、震災後、時代が變化することを當日乘でも四月十七日に記した。
 天災に次ぐ人災もて、而して未だ褪めやらぬ今日に及び、國民の人心や價値觀に變化なきまゝの筈はない。
 人心が變化し、豈に時代の動じぬ理りあらむか。
 志ある者は、刻下國難を如何にして福へと轉ぜしめるか。それは正しき時代の誘導を云ふ。兎に角變化すれば何でも宜い、と云ふこと勿れ。
 幾萬の犧牲者を啻に徒死としてはならぬ。何故ならば、國運を再起せる、殉難者として神になられたのであるから。

 尠くとも、拙稿を認めるに當たつて、氣付いたことがある。
 これまで再三最四、野生も機關紙で、雜誌で、街頭で、而して日乘で民主黨批判を繰り返して來た。
 その目的とするところ、國民の民主黨政權への幻想を打ち壞さむが爲めだ。それはさうだらう、何せ相手は、三寸の舌先で壓倒的支持率を擅とした天下稀代の詐欺團體だ。されど實力なく、人心を攪亂する丈の妖言なぞ、何ら國民の信を付託するに價ひせぬ。この理解を求めんが爲めの批判だ。

 だが、此度びの災害は、小生の何萬語を以てしても傳へられなかつたことを一瞬にして代辯してくれた。然も最たる説得力を以てして。
 ならば小生、焉んぞ同じ場所に留まる可き。
 小生の目的は「國民の民主黨に對する幻想の破壞」と云うた。だがそれ小生の目的がこれをして全て達成され、我が使命が終はつたといふことではない。
 民主黨批判は我が目的を達成する爲めの一の障碍に過ぎず、それ以上の價値も興味も小生にはない。吾人が目的は遙るか理想を顯現すること。それ偉大なりし先人より受け繼がれたる三千年事業の繼續だ。

 今日の小生は、所謂る三月十一日以前の河原博史ではない。よつて「天地無辺」は今號を以て次のステツプへ進んでゆかねばならぬ。苦戰の理由はこゝだ。

 勿論、直ぐには變はらぬであらう。だが屹度、時代が今後變貌してゆくやうに、我が機關紙も變貌を遂げゆく筈である。時代の變化する、それを魁けて變化成長し、時代を引率するほどとなれば、弊紙もなかゝゝ大したものなのであるが・・・。まア、それは無理だらうなア・・・とほゝ。
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by sousiu | 2011-04-24 03:55 | 小論愚案

我が神聖を毫も疑ふことなかるべし

 靈妙なる哉、津波の猛威に呑み込まれながら、恰も別天地の如く飄然として殘れる神社のあるを御紹介申し上げた。三月廿八日記。

 今の度び又たしても、荒濱地區にて同樣の神社があるを、三森兄より拜聽した。
 荒濱地區は津波の被害頗る甚大ならんとしたところ。寫眞は湯殿山神社である。
 畫像を見る限り、この邊りは倒壞こそ免れたものゝ、津波によつて大量の海砂、破壞された建築資材などの押し寄せてきたことが判る。↓ ↓ ↓ ↓
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 今月號の「國民新聞」(第19163號)でも『大津波に負けず泰然と立つ鳥居。本殿も流出しなかつた(岩手縣大槌町の小鎚神社)』といふ説明を付して同樣の神社を紹介してゐる。↓ ↓ ↓ ↓
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 改めて識る。人智及ばざる、とは正しくこのことである。


 幾萬の生命を奪ひ、將た又た、ギネスワールドレコーズにも認定される「世界最深防波堤」をものともしなかつた彼の大浪怒濤も、古今萬古に通じて仰慕される我が神社の神聖の前にはその威力を失つた。
 恐ろしや。いやしくもその神聖を涜さむと、嘗て支那人が尖閣神社を破壞し、今猶ほ靖國神社に對して虎視眈々、冒涜と損壞を計企せん。
 彼れらに神罰の下る、その覿面たるや想像を超えるものあるは云ふまでもないが、彼れらの冒涜を看過默視する我れら日本人も相應の罰の下るを承知せねばならぬ。況んや自ら彼れらに阿る者に於てをや。
 謹む可し、恐るゝ可し。謹む可し、恐るゝ可し。
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by sousiu | 2011-04-18 20:24 | 日々所感

御備へあらむことを

 仙臺の住民である坂田、三森兩兄より警報あり。亦たしても畫像を賜はつた。

 本日、天に巨大な地震雲を發見したとのこと。

 なるほど。確かに地震雲だ。
 坂田兄の曰く、
 『本日の夕方、西の方角に地震雲を發見せり。念の爲め、本日より七日~十日間は強い餘震に氣を付けて下さい』と。

くれゝゞも諸賢、御留意を。



※寫眞下↓ ↓ 坂田兄撮影。仙臺市泉區松陵の上空(四月十七日)。
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※寫眞下↓ ↓ 三森兄撮影。仙臺市若林區荒濱地區上空(四月十七日)。
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by sousiu | 2011-04-17 21:29 | 報告

次代に要されざるものは去り、要されるものは殘るべし

 昨夜は弊紙讀者である岩手縣の住人から電話あり。沿岸部の慘憺たる状況を切々と語つてくれた。
 相次ぐ餘震に民心動搖し、僅かな會話の齟齬でも喧嘩へと發展するといふ。讀者某氏も疲勞困憊たる御樣子であつた。折角電話をいたゞいたものだが、小生には勵ます程度の力しかなく、若しくは話しを聽くくらゐのことしか出來ない。それで少しでも氣分が晴れてくれるならば、と思うてゐるが、やはりそれは一時的なものに過ぎず、彼れらは電話を切れば又た非現實的な生活と直面せざるを得ないのだ。我が言葉の無力を感ぜざるを得ない。


YOMIURI ONLINEの記事に曰く、

『仙台の海岸にARIGATO、読んだ米軍感激

(読売新聞)
 【ワシントン=山田哲朗】東日本大震災で水没した仙台空港の復旧を支援した米空軍第353特殊部隊のロバート・トス司令が15日、沖縄県嘉手納基地とワシントンを結んだ電話記者会見で、被災者が海岸にマツの木で「ARIGATO」の文字を作って米軍に感謝を表してくれたと明らかにした。

 トス司令が3日に上空から見た文字は、長さ6~9メートルほどの木を並べたものだったという。同部隊は自衛隊と共に滑走路のがれき撤去や臨時の航空管制などにあたり、輸送機で水や食料も運搬した。

 司令は支援を振り返って、「驚いたのは、自分たちも被災しながら日夜復旧に努める日本人の姿だった。ありがとうは日本の人々に言いたい」と話した』
と。
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20110416-567-OYT1T00585.html




 國難にあつて、罹災地にある人たちの聲を拜聽し、且つ自身の餘りにも無力なる現實を痛感する今日、かうした報道にもすなほに胸の熱くなる思ひが込み上げる。

 かくなる報道に接して、所謂る排外思想の持ち主は如何樣に考へてゐるかは分からない。
 かくなる大禍に際して、これまで「反自衞隊」を主張する者らが如何考へてゐるか分からない。
 但しひとつ分かることは、最早反自衞隊運動はその意義を失なつたといふことだ。

 都内では左翼らが「反原發」集會を行なつたといふ。被災地が未だ穩やかならぬ今、そのやうなことは後でゆつくりやれば宜しいと思ふが、まあ期に乘じること機敏なるが彼れらの性質。我れらの使命は時代を魁け之を切り拓いてゆくことである。
 
 いづれにせよ、此度びの遭難で、反自衞隊運動を行なふ癡漢は激減し、全滅でないにせよ殘れる癡漢の絶叫に今後耳を貨す者はをるまい。
 野生は、かうした、一部の現象面のみに視覺を奪はれ時代が變はると斷言しない。
 恰も海上に浮く氷山が全體のわづか一角に過ぎぬやうに、一つの運動に意義を失はせる丈の、海面下にある國民の意識變革の存在を認めて時代が變はると斷言するのである。
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by sousiu | 2011-04-17 13:26 | 小論愚案

被災地からの一報より

 宮城縣仙臺市の義徳塾 宮城縣運動局 三森健治君よりいたゞいたメールを掲載したい。

 三森君の曰く、
『>此の畫像は昨日、仙臺市蒲生地區の光景です。
>此の倒壞した家屋に日の丸が靡いてゐたのを發見し向かつた處、哀しくも凛として靡く國旗に感動を覺えました。
>此の家屋は地震前日の十日陸軍記念日に國旗を掲揚してゐた事が窺へます…。
>
>昨今、閑東も地震が増えてゐる樣に窺へます。
>何卒御身體御自愛下さいますやう御願ひ申し上げます。
>
>
>※畫像二枚目は鎭守の御社の現在です。海水が引き砂濱に成つた處で近くに向かひ畏れ多くも撮影致しました』
と。

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by sousiu | 2011-04-15 23:54 | 報告

日本人は頗る強くなつてゐる。

 本日、夕方から斷續的に福島縣、茨城縣を主として地震が多發してゐる。
 神奈川縣も、搖れを感じること幾度となくあり。
 十七時十六分の地震は、福島縣、茨城縣で震度六弱だとか。


 それにしても日本人は強くなつてきたやうに感じる。
 數年、或いは數十年、地震を經驗してゐない人に、突如地震が襲來すれば、それは何人も脅威を感じるものである。
 されど現在、テレビを見るに、直接天災に見舞はれた人の逞しさと云つたら如何だ。
 その笑顏には、確かに不安の氣持ちのあるを感じるが、それを上囘はるだけの逞しさがある。
 愚にもつかぬ享樂のなかに身を沒する一日と、彼れらの過ごす一日は全然等しいものではない。
 「生きてゐる」といふことを、最も實感してゐる人たちは彼れらではないか、とさへ思つた。

 先程、日頃親しくさせていたゞいてゐる日刊紙の記者より電話があつた。
 彼れは被災地へ直接赴き、その状況を取材して來たといふ。
 そこは不便の極はみ。一例せば、用便するのも、自衞隊員が穴を掘つただけの簡易便所で濟まさねばならぬと云ふ。
 野生、幸か不幸か刑務所暮らしの經驗こそないものゝ留置所暮らしでは、人の視界で用便せねばならない環境であつた。
 だが通常では、男性でも抵抗はあるだらう。如何して女性が躊躇はずにをられるものか。
 それでも用を足さないわけにはならぬ。そのやうな暮らし振りであると云ふ。
 記者の曰く、『そのやうな生活をしてゐると、本當か嘘かも分からない食物の放射能汚染なぞ、別段氣にもならなくなつたよ』と。


 苦境は人を強くする。ならば樂境は人を弱くするものなのか。
 であるとするならば、苦境は人を磨き、樂境は人を墮落させるとも換言出來る。
 さう云ひきつてよいものなのか否かは分からない。
 だが、苦境は毒にも藥にもなる。苦境を藥とするだけの能力を吾らが備へてゐることだけは、被災地で力強く生きてゐる方々によつて判明した。


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 ※寫眞。四月八日に宮城縣で撮影された雲。(坂田昌己兄より)
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by sousiu | 2011-04-11 22:06 | 小論愚案

同志の結成式に參加

 昨日十日は、洗心會東京事務所結成式に參加。

 洗心會は代表の國信隆士兄が、廣島縣にて子供たちを集め、御製、和歌、神話などを通じて日本精神の涵養に務めてゐる團體だ。
 今の度び、皇都の住人島田栄造兄が同會東京責任者となり、その結成式が横濱市で行はれ、參加した次第である。
 未曾有の大禍のなかで産聲をあげた洗心會東京事務所諸兄の、今後益々の御活躍を御期待申し上げる。
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by sousiu | 2011-04-11 14:12 | 報告

もつこす歸へる

 昨日夕方、熊本の友、鈴木田舜護君が横濱を發ち、歸路へと向かつた。
 彼と一ヶ月間、起居を共にしたわけだ。


 先月十一日、小生は所用ありて朝になつてしまつた爲め、地震發生時は寢てゐた。
 激しき搖れに起こされ、布團から出でるも壁を頼らねば歩行すら困難であり、落下する書籍やら備品やらを見ながら如何ともし難き状態が暫く續いた。
 多少搖れが收まつてきたころに、表へ出たのであるが、その時、玄關先で自轉車に跨がり「こんにちは」と聲を掛けて來たのが鈴木田君だ。小生は街頭の搖れる中で、彼れの訪問を受けたのである。これは本當の話しだ。
 小生にとつて、彼れは招かざる客の如き印象を與へた。何せ大災害を引き連れて來たのである。
 雨男の話しは聽いたことがあるが、地震男の存在は嘗て拜聽したことがない。彼れは招かざる客だ。

 尤も、彼も又た不運と云はざるを得ない。
 横濱で日雇ひ勞働を計畫してゐたが、震災の爲め、仕事はなくなり、更らに九州にをれば心配する必要の無かつたことが出て來た。餘震、計畫停電、物不足、風評被害、小生の鼾と寢言・・・。彼れには、多少の同情を寄せねばなるまい。


 而して、青年は昨日、大阪へ向かふ愛倭塾・山口秀明會長の知人の車に便乘して神奈川を發つた。
 自衞隊を脱柵してこの道に入り、二年數ヵ月。幾度か世間を騷がせたかの若き求道者が、果して風雲兒であるのか、將た又たたゞの地震男であるかは、彼れの志と今後の活躍次第だ。

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※寫眞は、もつこす こと 鈴木田舜護君。・・・とその自轉車。
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by sousiu | 2011-04-10 10:23 | 報告