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先輩  

 嘗て、神奈川縣の尊皇家に瀬野壽夫といふ、野生の好きな先輩があつた。
 平成十五年四月廿八日、憂國の至上と共に、自決された。
 瀬野先輩は瑞穗塾の塾長代行を長年務め、同塾々長・伊藤満先輩と神奈川縣右翼陣營の矜持を貫きとほした。今はなき相原修兄を尊皇運動に導いたのも、やはりこの兩先輩だつた。

 ↓↓↓◎◎平田篤胤大人顯彰者・相原修神主◎◎
 http://9112.teacup.com/bicchu/bbs/t24/l50

 瀬野先輩との思ひ出は多々ある。年月が悲しみを和らげてくれて、思ひ出すのは樂しいことが多い。
 ん?いや、・・・さうばかりでもない。
 確かに瀬野先輩は酒の入つてゐない時は大變良い先輩だつた。
 だが、酒が入ると、困つた御人となる。謂はれなき御説教が多いのだ。翌日、瀬野先輩に前夜の一方的で長かつた小言について尋ねると、『覺えがない』と云ひ、大笑ひして濟ませてしまふ。全國の我が陣營にはさうした人も多からうが、瀬野先輩も、我が神奈川陣營のその一人であつた。

 本日、神奈川有志の會懇親會が横濱市内の某所で行はれた。
 相變はらず活溌であつた。
 ところで今日は大行社の木川智君が初登場。若しや木川君、伊藤先輩が御人好しであると勘違ひしてゐるかも知れない。野生も道の先輩として伊藤先輩の背中を見てきた積もりだが、御人好しかと云へばそれは又た別の話し。
 たとひ先輩の若かりしころと雖も、相原兄は鐵拳制裁を喰らつてゐたし、野生も御説教の側杖を喰つたことは數へきれない。
 木川君にそれを豫め注意せんと忠告するに、先輩の曰く、『覺えがない』と。恰も時效と云はむばかりだ。伊藤アンド瀬野兩先輩が神奈川の因業右翼として人に其の名が識られる譯は他でもない、この鐵面皮に覆はれてゐるがゆゑである。
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by sousiu | 2011-07-27 05:27 | 報告

北朝鮮抑留記  

 過日、北朝鮮に拘留されてゐた杉嶋岑さんより賜はつた著書を拜讀。
 杉嶋さんは、かつて日經新聞記者として御活躍なされ、舊東獨逸、舊ソ連、支那などを渡り、北朝鮮には二年二ヵ月もの間、拘束された。
 さうした經驗を綴つたのが、草思社より刊行された『北朝鮮抑留記』である。
 杉嶋さんと初めてお會ひしたのは、野生の主宰する「草莽崛起の集ひ」にて、四宮正貴先生をお迎へした時に御參加下さつてからだ。
 貴重な御經驗が江湖に弘められ、日本を見直す良い一助となれば幸ひである。
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 野生の卑見による感想ではなく、杉嶋さんからの玉翰を抄録し、一讀を御奬めする。
 曰く、『・・・はつきり見えた事は、金日成といふ男には、大日本帝國と 天皇陛下が餘程、眩しく榮光に滿ちたものに映じてゐたでせう。・・・略。拙著でも萬世一系の日本の 天皇陛下は、歐米の霸道の霸者と違ひ、倫理的、文化的、非黨派的、超越的存在であり、天皇と國民との間に對立概念は無く、五穀豐穰、天下泰平を共に祈る祭祀共同體の祭り主が、すめらみことであると論じました』と。
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by sousiu | 2011-07-26 04:18 | 良書紹介

タイトルつて要らないと思ふ・・・・ 

 ・・・が、タイトルを入れないと更新出來ない。案外惱むんだよなあ、これが。

 さて、昨日、今日と、阿形充規先生の事務所に御邪魔し、今歸宅。

 月曜日のコメント欄をみると、何やら諸先輩が歌を詠まれてゐる。而、好きなことを云うてをられる。苦笑。

 さういへば、阿形先生も歌を詠まれると以前、御本人から拜聽したことがある。
 今日は歌舞伎町に向かふ途次、運轉しながら色々考へてみたが迚も思ひ浮かばない。邪念が邪魔をしてゐるのだ。


 昨夜から、どうも腹部から背中にかけて痛いと思つてゐたら、帶状疱疹だつた。今朝は多少熱つぽかつた。
 こゝのところ、少し、ハードだつたからなア。
 阿形先生の事務所でうつしてしまはないかと心配したが、先生曰く、大丈夫とのこと。
 まア、人にうつらないのならば宜し。


 そこで一句。

     ・・・・・・・やつぱり駄目だ・・・・。
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by sousiu | 2011-07-20 01:40 | 日々所感

自己逃避と自己鬪爭  

 オタク生活が始まつた。
 機關紙の執筆作業に時間を縛られる生活である。
 今日、午前中までの成果は一頁分。コツヽヽゆくしかない。

 先日參加した、既報の「歌道講座」で福永眞由美先生から、歌を學び、詠むに就ての留意す可きいくつかの點を御指導いたゞいた。心得る可きことを少からず御教示いたゞいたのだが、そのなかで野生が筆頭とも解釋したものは、
「飾らない、言葉のテクニツクで良く見せようと思はない」
といふことだ。
 三思せば、これはひとり歌の道のみに非ず。機關紙の文章も然り。人間關係も、而、己れの道に對する姿勢に於ても、他ならぬ人生に於ても相通ずることだ。

 先生は、背伸びをしないこと、理屈は云はないこと、格好を付けないこと、と。
 日本人は格好を付けないのに格好良いのが本道に格好良いことなのよ、と仰つた。う~む・・・。目から鱗の落ちる思ひだ。
 とかく、言ひ譯をしたり、自分の身の丈以上の事を望んだり或いは言を發したり、又たは屁理屈をくどゝゞ述べたり、とは自分を成長させる爲めの努力を怠ることの方便に過ぎないのだな。つまり、自己との戰ひを逃避した、云はゞ敗者の常套手段だ。
 先生は、急がずとも、先づはありのまゝの自分を曝し、その自分を認めた上で、且つ努力を怠らないことが大事と説かれた。それが何につけても正しく成長するといふことなのかも識れない。確かに人の年を重ねるといふことは、自分との戰ひの連續をいふのかも識れない。

 上手な人が字餘りを以て更らに歌に深奧なものを加へるらしいが、始めから五七五七七といふ法則から逃げ出し字餘りも可と思ふことはならない、とも教はつた。ふむ。確かにこれも逃避だ。先生曰く、「最初から逃げることを考へずに、收まるやうに苦しんで苦しんで苦しみ拔いてこそ得られるものがある」と。

 野生問ふに、「次囘までに歌を收めねばならぬとの由、もう少し時間の猶豫をいたゞき、御講義のみ拜聽するわけにはまゐりませんか」と。
 先生答ふるに、「覺えるといふことは自分との戰ひ。苦しむことを避けて延ばし延ばしして勝つことは出來ない」と。
 愚問賢答とはこのことだ。かうして文字にすると流石に恥づかしい。汗。

 正直な氣持ちを著はして、それで何か缺けるものがあるとするならば、それは自身の及ばぬがゆゑだ。
 大人になる程に、人は穢れてゆくものなのだらうか。日々、他者に對して、廣汎な意味での義務に對して、道に對して、いやさ自分に對してさへも言ひ譯や理屈を捏ねくり廻して正當化しようとしたり、同情を頂戴しようとはかる人がある。知らず識らず、野生にも、さうした一面があるかもわからない。若しかすれば、社會に出て、他者や世間との戰ひには負けじと思うても、自分との戰ひからは逃避してしまつてゐるのかも識れないな。それによつて蓄積する自己の穢れが、人をして自己矛盾や葛藤等の多くを生ぜしめるのかも識れない。大人になるにつれ、人交際や世渡りのテクニツクを覺えて、それを驅使することで利口だと考へるのは大きな間違ひで、實は幼な子にも劣る馬鹿になつてしまつてゐるのだ。福永武兄の、幼いころの歌を拜聽したが、確かに美辭麗句は皆無で、されど何やら感じるものがあつた。

 機關紙を執筆しながら先日の「歌道講座」を思ひ返してみたことを記した。
 野生が土曜日に、機嫌の宜くなつた理由は、目から鱗が落ちた爲めだ。
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by sousiu | 2011-07-18 18:06 | 日々所感

兎ぢやなかつたよ  

 本日は晴天ナリ。・・・こゝのところ毎日晴天だけど、たまには書き出しに變化を付けたくて・・・笑

 今日は、頗る機嫌が宜しい。
 と、いふのも、大東會館で行はれてゐる「歌道講座」に出席した爲めだ。
 詳しくは、同講座で福永眞由美先生の御話しを拜聽し、歌道の入り口を覗いた爲めだ。
 五七五七七を通じて、かくも人格を養成する作用があり、同時に尊皇の精神が涵養されることを初めて識つた。それが新鮮で、そのやうな世界があつたことを知り、嬉しく、氣分が良いのである。

 弊社門下生の中野君と大東會館に向かふ途次では、まるで獅子の住む檻中に抛られる兎の心境であり、加へて會館に着くと野生を誘つた福永武大兄はをらぬといはれるし、寂しいと死んぢやうといはれる兎そのものゝ野生であつた。
 だが、講座が始まると、先生の懇切叮嚀な御指導で、徐々に河原は兎ではなく、人間であることを思ひ出し、而もおぼろげながら草莽微臣であることの自覺が出て來た。

 まだ何も分からぬのであるが、兎に角、今日からピカヽヽの一年生。伊勢神宮に於ける式年遷宮の如く、人生、たまには一年生になるのも宜し。
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※入り口。撮影:河原(兎時の)
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by sousiu | 2011-07-16 20:55 | 日々所感

批判の時代は終はつたんぢやない?と思つてみた。 

 一昨日深夜の鹿島さんとの會話で思つたことがある。
 ・・・唐突な書き出しで申し譯ないが、まア、日乘なので、勝手氣儘な振る舞ひも惡しからず・・・

 東北地方の復興が遲々として捗らないことは罹災地の方々は固より、純粹に義援金を投じた人も、又たは遠くより見守つてゐる人、結局は全國民の憤りを覺えるところだ。
 放射能汚染もさうだ。最早隱し難きものが出る可くして徐々に露見され續けてゐるのか、或いは實際に被害が擴散し止む能はぬのか、若しくはその兩方かはわからぬが、日毎に被害は顯はとなり、而、甚大となり。食生活は地域の別なく脅され始めた。食糧に對する不審は全國平等となりつゝある。いや、野生はこれに不平を申す積りは更々無い。かの大變を東北地方のみとす可きでなく、國家國民の共有す可きものと考へる點から云へば、これに不平を云ふこゝろは毛頭ない。國内隈なく大難に見舞はれてこそ大難であり、維新の氣運はこれを以てして上昇するのだ。
 ともかく、これ以上、食糧、水、大氣の汚染が擴散されれば、正に現代は安政とダブらせて看ることが出來る。
 安政は、二年に江戸大地震が出來した。
 次いで安政五年、虎列刺病(コレラ、當時はコロリと云つた)が大流行。江戸だけで十萬人の犧牲者を出したと云はれる。まさしく地域の別なき點に於ては、平成の放射能汚染擴大は安政の虎列刺病大流行みたいなもんだ。安政は、嘉永六年の彼理(ペルリ)襲來、即はち外患を引き連りつゝ、まさしく國難に次ぐ國難の連續であつた。


 閑話休題。鹿島さんとの會話で思つたことはこゝからだ。
 かうした現在、國民の不滿や不平、不安はひとしほ募つて當然だ。だが、政府や東電に批判を何萬語ブツけてみても、現實的に復興が成されるわけではない。放射能汚染が物理的に寸毫も息むわけではない。餘りにも大難の度合ひが巨大過ぎて、そして複雜過ぎて、批判で世直しをしようにも、それは恰も波濤に向かつて砂丘を築くかの如くあるのだ。
 つまり、批判のみを繰り返してゐても、全くと斷言せざるまでも、凡そ結果には繋がらない時代であるといふことだ。
 尤も現実的に看ても、既に我が國の危機的状況は、批判で如何斯う成る段階では無い。この場合ひの「危機的状況」とは被災地に限定した狹義ではなく、日本全體を指して云うてゐるのである。勿論、自虐に就ても同じ事が云へる。自虐を繰り返してみても、復興は成されないし放射能漏れは止まらない。而して我が國の危機的状況は自虐すれば如何斯う成る問題では無い。

 破壞は建設を生む。いや、破壞の後には建設が生まれなければならぬのだ。希望的破壞は後に建設あつてこそ然る可きだ。建設の豫定も實行もなき破壞は、つまり絶望的破壞だ。
 而、今の度びの天災は人災を伴ひつゝ大なる破壞の役目を擔當した。さらば批判と云ふものに「砂漠に水」「糠に釘」とまでは云はんまでも、無力感や疑問視の生ずるは、寧ろ、當然の歸結と云ふ可きではあるまいか。斯うした無力感とまでは云へないまでも、飽和に近しい氣分が蔓延されると、次に俟たれる可きは次代へ引率する力強く逞しき救世主の出現である。日本で云ふ救世主とは他でもない、純乎たる勤皇家のことである。
 結論を云へば批判の時代は終はつた。三月十二日以降は建設の時代である。・・・と斯う考へてみた。

 では建設とはナニか。我々は復古維新を指して云ふのである。つまりこれを更らに具體化し、それだけではなく、實行化してゆかねばならぬ。それに就ては野生の場合ひ、恥づかしながらまだゝゞ學究す可き餘地が相當にある。
 鹿島さんとの會話で氣付いたことだ。早速このやうなことをつらゝゝ記して、野生にとつて頭痛の種たる「芳論新報」の原稿を今終へたところ。苦笑。

 おやすみなさい。


※追記・確認したところ、安政五年のコロリの犧牲者數が間違つてをりましたので訂正致しました。九時五十四分以前に御高覽くださいました人へ、御笑恕あらむことを。
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by sousiu | 2011-07-15 08:28 | 日々所感

猶存社  

 昨日は藤澤市の舊友諸兄と久々に歡談。
 終はり夜に實家へ行き、母の世話をしてそのまゝ泊まつた。

 さて深夜。猶存社の鹿島政晴さんより電話あり。鹿島さんは青年思想研究会の副議長も努める陣營の大先輩だ。
 知る人ぞ知る、深夜の鹿島さんの電話は出るな、と。それには理由がある。平澤次郎翁に輪を掛けた酒飮みで、一度電話に應じたが最後、絡まれてなかゝゝ電話が切れない。酒客といふほど大人しいものではなく、酒仙といふほど風流でもない。いづれにせよ、呑んだら始末に負へない先輩だ。
 着信履歴が殘つてたもので、うつかり電話を掛け、鹿島さんへの呼び出し音を聽きながら、上記の事實を思ひ出したのだ。
 因みに小生は、以前、醉つた鹿島さんから、電話で一時間半も謂はれなき御説教をいたゞいたことがある。

 だが珍しいこともあるもので、電話の鹿島さんは醉つてはゐなかつた。
 「ブログ見てゐるよ」と。次いで、國難を迎へて今日の日本についての御話しであつた。時代の變革を感じ、今後何をす可きか眞劍に考へる必要がある、と。
 酒の切れた鹿島さんからは學ぶところがある。
 思ひ返せば、鹿島さんは若かりし頃、横須賀のミツドウヱイ入港に際して抗議文と刃物を持參し市長に面會。まだ若き田丸美寿々女史による横須賀市長のインタビユーに亂入し、テレビカメラの眼前で堂々、民族の良心を訴へ現行犯逮捕された。以前は繰り返へしその緊迫した始終の樣子がテレビで放映されたものだ。


 ところで猶存社といへば、尠からず小生の興味を引いて已まない大川周明博士が中心となつて設立された團體だ。
 博士の著述は多く、『國史概論』『日本的言行』『大東亞秩序建設』『日本精神研究』『米英東亞侵略史』『日本及日本人之道』『亞細亞建設者』等々、小生も以前、すゝんで拜讀した。まだ讀んでゐないのが、大川周明博士の『清河八郎』。如何しても讀みたいのだが、殘念ながら未だ入手出來ない。

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 民族や、國家を思ふ時、小生にとつて印象深い一節がある。
 ●大川周明博士『國史概論』(昭和四年十一月廿日「文録社」發行)序に曰く、
 『國家主義・國民主義を奉ずる者に對して挑まるゝ議論は、常に下の如きものである。曰く「人は第一に人間であらねばならぬ、人間たるの根本が立つて、初めて國民たることも出來る。それ故に日本國又は日本人といふことに固執するのは、決して眞個の人間となる所以ではない」と。此の主張は、一見甚だ道理あるが如く見えて、實は抽象的斷見に陷れるものである。試みに問ふ、いづれの處にか櫻に非ず、梅に非ず、牡丹に非ざる「花」があるか。花は一個の理念としては存在する。而も此の理念は、必ずや櫻・桃・梅・菊等の特殊の花として咲き出づることによつて、初めて實在となるのである。それ故に梅花は、梅花として咲く以外に、決してたることが出來ない。梅花として咲くことによつて、の理念が初めて實現せられ、花の花たる所以が發揮される。こは正しく人間の場合に於ても同然である
 拒むべきもなき事實として、一切の人間は必ず孰れかの國家又は民族の一員として生れて來る。日本人に非ず、支那人に非ず、米國人にも非ざる「人間」は、實在としては決して存在しない。そは唯だ一個の理念として存在するだけであり、而して此の理念は必ず民族又は國民として實現される。故に日本人は日本人として、米國人は米國人として、それゞゝの面目を發揮することが、取りも直さず人間の面目を發揮することゝなる。從つて眞個の國民となりてこそ、初めて眞個の人間となり得る道理である。吾等日本國に生れたる者は、第一に日本人であらねばならぬ』と。(太字は原文マヽ。赤字は小生による)

又た、
●猶存社、鹿島政晴先生曰く、『河原お前、酒も飮めなくて何が右翼だ。バカヤラウ』と。
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by sousiu | 2011-07-14 19:54 | 日々所感

時間の窓  

 本格的な炎暑襲來だ。皆さんは如何御過ごしか。
 かう暑いと、冬が懷かしく思つてしまふ。冬になれば冬になるで、夏を戀しく思ふもの。昨年の冬も恰度今頃の季節を待ち望んだものだ。即ち、無い物ねだりといふか、要するにワガマヽ主義なんだな。

 だが時局までをもかうした無い物ねだりやワガマヽで看て、語つては困つたものである。
 個人主義に汚染された觀念の土壤で、かう思ふ、さう思ふ、と云うてもそれでは一向に收拾が附かない。
 表層では右を裝つて居るか、左を裝つて居るかの別こそあれども、骨髓に個人主義や西歐思想、或いは淫祠邪教の病魔を患つては、結局は思想の混亂を招く丈である。社會に對する不滿や不平は盡きることがなく、如何樣に日本が變はらうとも、絶えず民衆の不滿に耳を貨さなくてはならないことになる。個人崇拜の民主主義がいつまでも完成しないのは、この缺陷を内包して居るからだ。

 然るに、我々は我々の立場で時局を語るやうでありたい、といふ考へにも小生は不承知だ。
 時局を睨み、語り、改變の道順を摸索する爲めに必須なるは、「日本人としての正しい目、耳、口」があるかないかだ。
 左翼にはこの場合の「日本人として」の目・耳・口を持たない。持つ氣もない。右翼としての立場や、左翼としての立場や、政治家としての立場なぞ如何でも宜しい。
 從つて、政、官、財に向けて不平を漏らすのであれば、その前に、先づ、おのづから眞正日本人としての相應しい目、耳、口、觀念を養ふ必要がある。要するに、尊皇の精神を固うすることなのだ。

 野生は時局對策協議會の末席に連なつて居る。讀んで字の如く、時局問題の對策を協議する會合だ。
されど我々は時對協の一員である前に、右翼の一人である。而して、右翼の立場を有する前に、日本人である。
 これを忘れて時局のみに眼中捉はれ語らむとすれば、「前進」や「解放」の論調と變はらなくなることも已むを得ない。
 尊皇なき右翼(尤も、彼れらは右翼勢力を勤皇一團と認識してゐないのかも識れないが)のなかには、時局の收拾・對策のみに心を奪はれてゐるものもあるらしい。日本人としての眼力・聽力を失ひ、合理性のみを求めれば、反日左翼と握手して、而、隊伍を組み、運動するはうが效果的の場合ひもあるだらう。だがそのやうな運動では、夏になれば冬を欲し、冬になれば夏を戀しく感じ、永遠に繰り返してしまふ丈だ。

 近年の保守派を稱する人達は、本道に時局問題に詳しい。それは感心する。
 尤も情報化社會なので、それを十二分に活用しないテはない。
 だが、彼れらは、所謂る開放された空間(二次元としての)の窓を覗くことには巧みだが、時間の窓を覗くことには苦手らしい。精々が大東亞戰爭の是是非非までだ。GHQは、彼れらの占領政策に於いて、この時間の窓を堅く閉ざすやう強要したのだな。思へば民族にとつて、これほどまでに殘酷なことはない。だが今は占領期ではない。再び時間の窓が開放されたのであるから、往來しないテもないのである。
 決して國史を繙く作業を惜しんではならない。國史は 皇史そのものだ。「神皇正統記」「大日本史」「日本外史」などを拜讀すれば、正に國史が即 皇史であることを識る。
 古今、眞性の保守派と呼ばれる人で國史を輕んじた人は皆無だ。國史を輕んじた評論家は如何に保守派としての立場を有するとも、皇史を忽諸に付する左翼と大なる相違もなく、云ふなれば腹背ではなく、皮一枚の別だ。それはさうだ。戀闕といふものを全く識らないからだ。

 であるからして野生は目下、眼病を患はぬ爲め、難聽とならぬ爲め、心病に苦しまぬが爲め、遲まきながら猛暑に夏の宜きを識り、嚴寒に冬の宜さを識らうと修行に日々勵まうと思ふのである。
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by sousiu | 2011-07-13 20:10 | 日々所感

三田忠充之命神葬祭參列 

 七月十一日。菊水國防連合・三田忠充之命の神葬祭に參列。
 棺のなかで、まるで寢てゐるかのやうな顏をしてゐる三田會長をみた。神奈川縣に於ける、野生の好きな先輩のひとりであつた。

 三田會長は、弊社發足以前からの先輩であり、弊社發足時にも大變御世話になつた。
 近年は中止してゐるが、野生主宰のバーベキユー會も、毎年炎天下のなか、三田會長は自ら大勢の同志を連れて參加してくれてゐた。
 野生が共産黨の旗を毀損して逮捕され、その釋放時、三田會長をはじめ大變多くの同志が地檢前で出迎へてくれたこともあつた。たかゞゝ廿二日間の拘留であつたが、それにも關はらず三田會長が呼び掛けをしてくれ、五十名もの同志が門前に出迎へてくれたことは、何よりも嬉しいことであつた。
 後輩に對して實にかうした心遣ひをしてくれる人であつた。本道に色々なことが思ひ出される。

 我が陣營には實に樣々な人があり、演説が上手な人、文章に巧みな人、求心力のある人、刑務所を別宅のやうに考へられる人、物知りの人、先賢の明に富む人、求學熱心の人、信仰の深い人、後輩の養育に巧みな人。いろゝゝな人があつて、それゞゝの得意とする分野が糾合されて、大きな力たり得るのである。
 例へば一國の防衞を可とすべくは、陸・海・空軍の總力戰である。個々がバラヾヽでは、夫々如何に有能であつても一國を護り拔くこと期し難い。固より如何なる才能に惠まれても、目的に向かふの熱量が乏しくては、それは無能に均しい者であることは云ふまでもないが。

 さういふ點では、三田會長には三田會長ならではの持ち場があり、さういふ御陰で學ぶことのできた野生や多くの後輩達がゐて、而してその持ち場を貫くことには嘘僞りの無い人であつた。
 神奈川のみならず、陣營にとつてもまことに惜しまれる存在であつたことは云ふまでもない。
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by sousiu | 2011-07-12 23:55 | 日々所感

學問者樂物也矣 

 昨日、今日と、阿形充規先生の事務所に御邪魔し、遲くまで御尊話を拜聽。先程歸つて來た。

 野生は金も無い。輝かしい經歴も無い。學歴は勿論のこと。先覺志士のやうな能力も無い。野生の持てる力だつて瑣細なものであつて大したものではない。
 何も無い野生であるが、我れながら、教へてくれる人には惠まれてゐると思ふ。
 恥づかしながら野生、馬齡を重ねてみるも、何をかひとつの達觀をすることもなく、恥づかしながら現在に至つてゐる。であるからして、只管ら勉強するほかない。野生、まだ放電するほど畜電されてゐない。充電期間だ。
 その充電すらをも怠れば、共に夢を語り、志半ばで幽明境ひを異にした仲間や先輩、或いは今猶ほ獄中に座す同志に顏向けが出來ないのである。

 但し、おぼろげながらも勉強の仕方がこの年になつて少しづゝ解つてきた。不思議な事にそれと同時に面白さも増してきた。
 本年、目出度く定時制高校を卒業した大日本誠流社・森浩二會長が、『この年になつて初めて學問の樂しさが解つた』と云はれたことを思ひ出す。野生の場合は、學校ではなく、先進に教へを乞ひながらの牛歩であるが、森先輩の氣持ちが少しはわかる氣がするのである。
 最近、野生の周りの人達も、この森先輩と同じ氣持ちであるのか、これまでと違つて、道を追及しようとする氣持ちが頗る強い。それは迚も良いことだと思ふのである。
 地方の有志ばかりでなく、都内でも廿代の若者も然り。神奈川縣でも護國鐵拳隊・海法文彦主はじめ現在、國學の研究に熱心だ。

 阿形先生も、おん年七十を越えて、まだ、毎日のやうにあちらこちらへお話を伺ひに行くと云ふ。
 『弘道者何。人能弘道也。道者何。天地之大經。而生民不可須臾離者也』とは、藤田彪(東湖)先生の『弘道館記述義』の冒頭文だ。實は、大變意味の深い言葉である。
 日本にとつて正しい學問に裏付けられたる見識、日本的精神を根幹とした人格の形成、そして勇氣。
 これらをなくして悲觀と絶叫のみで國が變革出來るほど、日本の奧行きは淺くはない。
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by sousiu | 2011-07-11 03:31 | その他