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「昭和國民讀本」より思ふ

徳富蘇峰翁『昭和國民讀本』(昭和十四年二月十一日「大阪毎日新聞社」發行)に曰く、
日本學とは何ぞ。廣く云へば、日本國民の修得すべき日本に關する一切の學問である。手近く云へば、日本國民たる可き智識と教養と修練とを與ふる學問である。即ち忠良なる日本國民たる資格を要請する學問である。凡そ辯護士及び裁判官たらんには、法律を學ばねばならぬ。醫師たるには、醫學を學べねばならぬ。國民教育に從ふには、師範學校がある。軍人たるには、仕官學校、海軍兵學校等、それぞれの學校がある。凡有る業務に從うもの、一として其の專門の學科あらざるはなし。然るに獨り日本國民の資格を修得するに於て、その學問無きは、如何にも不合理である。然もその不合理が、今日まで誰しも平氣にて、看過し去りたるは彌よ以て奇怪と云はねばならぬ』。

  ×   ×   ×

 曰く、
『古來より日本には、學問の道が開けてゐる。應神天皇以來、支那學が輸入せられた。欽明天皇以來は佛教 - 印度學 - が輸入せられた。然も我が奈良朝、平安朝を經て、未だ所謂る日本學なるものは無かつた。されば「菅家遺誡」にも、
  凡神國一世無窮之玄妙者(およそしんこくいつせいむきうのげんめうは)、可敢而窺知(あへてきちすべからず)、雖學漢土三代周孔之聖經革命之國風(かんどさんだいしうこうのせいきやうをまなぶといへども、かくめいのこくふう)、深可加思慮也(ふかくしりよをくはふべきなり)
 との一節がある。これは如何に支那學を修むるも、それにかぶれて、日本古來の國體觀念を失墜す可からずとの警告である
 又た曰く、
  凡國學所要(およそこくがくのえうするところ)、雖欲論渉古今、究天人(ろんここんにわたりて、てんにんをきはめんとほつすといへども)、其自非和魂漢才不能■(門+敢=愚案、みる?)其■(門+困=こん)奧矣(そのわこん、かんさいにあらざるよりは、そのこんあうをみるあたはず)。
 と。これは如何に學問をしても、和魂即ち日本魂が其の中核たらざれば、其の甲斐なしとするものだ漢才とは和魂の本體に伴ふ作用である。和魂漢才と稱するも、兩者自から其の輕重がある』。

  ×   ×   ×

 曰く、
『「菅家遺誡」は、恐らくは菅原道眞の所見を忖度して、若しくは道眞に假托して、後人が擬作したのかも知れない。考證の議論は姑く措き、平安朝より鎌倉時代にかけて、此の如き警告を發するの必要を來したる所以を顧れば、如何に漢學の影響が、當時の智識階級に激甚であつたかゞ想像せらるゝ

  ×   ×   ×

 曰く、
『日本に日本學と認む可き確定の學問なきに拘らず、日本國は依然として其の本來の面目を維持し來りたるは、何故である。そは日本民族は先天的に皇室の奉仕者である。日本民族は、先天的に忠君愛國者であるからだ。如何なる後天的の學問を以てしても容易にこの先天的の本質を消磨する能はざるものがあつた爲めだ。譬へば本來の沃土には、假令肥料を施さゞるも、他の肥料を施したる土地同樣に、若しくはより以上に、其の收穫の饒多なるを見るの類である。されど如何なる沃土でも、やがては肥料を必須とする機會が、到來するものだ

  ×   ×   ×

 曰く、
『文永弘安の役は、實に日本學の實物教育であつた。多年日本民族の心の底に潛在したる忠君愛國の精神は、俄然として蒙古襲來の刺戟によりて、一大超躍的發作を遂げた。我等は今更ら東巖和尚蒙古退治願文を誦して六百五十年を隔て、尚ほ其の眼前に擧國一體、以て國難に當りたる意氣を髣髴せしむるものがある。
  樹下石上、草衣木食、滴水寸土、無非朝恩(てうおんにあらざるはなし)、行道修善(みちをおこなひ、ぜんをおさむ)、皆歸國家(みなこつかにきす)、知恩報恩眞實行業(おんをしり、おんをほうず、しんじつぎやうごふ)。
 との願文の一節を身よ。
 又曰く、
  内證聖徳(うちにせいとくをしようし)、聖道高運(せいだうかううん)、外用大勢(そとにたいぜいをもちゐし)、獅子虎狼、四海歸徳(しかいとくにきす)、萬國怖威(ばんこくふゐ)、降伏敵國(てきこくをこうふくし)、衆怨消滅(しゆうをんせうめつせん)。
 と。この回向の文字は、今日の支那事變に、その儘採用しても、何等改作の必要を認めない。
  
   すへのよの末の末までわが國は
          よろづのくににすぐれたる國


 此の如く日本學は、學問として存在しなかつたが、歴史として存在した。當時の日本國は、日本學校であつた。當時の事件は、日本學校の教科書であつた。而して當時の日本國民は、日本學校の生徒であつた。此の如くして、精神日本は一の大なる機會ある毎に、長養、訓育、陶冶せられた。

 皇室中心主義は日本學の基調である』と。
■及び括弧()内は小生による。




 聊か引用が長くなつたが、つまり蘇峰翁のこゝで云ふ日本學とは國學のことを指して云ふ。
 翁の云はむとするところ引用にて明瞭だ。

 愚案。目下、反日隣邦による對日政策を危惧し、連日聲を上げる者達がゐる。
 そのことについての異論はない。寧ろ、其の氣概に關してのみ云へば、素直に評したい。
 だが一方蘇峰翁は、過去、外壓もて日本精神は昇華されたと分析してゐる。忠君愛國の志は飛躍したのである、と。加之、國學の發展をみた、とも。
 ならば排斥運動の澎湃と同時に、國學の研究も進んでをらねばならぬ。目下は、云ふなれば片手落ちだ。
 有體に云へば、斯くなる排斥運動・排外運動は萬國に起こり得るそれと同樣だ。故に贔屓目に見做しても、純乎たるの日本主義運動とは云へまい。

 だが其の心意氣は必ずや片手落ちを超克して、眞の日本主義運動に歸結するものと小生は信じてゐる。
 尤も小生、不肖と雖も、他者に付託し安坐するほどの傍觀者でもなければ他力本願至上主義者でもない。
 牛歩の如き歩みと批判されんとて、日一日前進でありたい。

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by sousiu | 2010-07-25 13:57 | 小論愚案

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