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いはゆる、「ん」

 小生の機關紙「天地無辺」は振り假名(ルビ)を觸つてゐる。

 何人かの親しい仲間から、小生の機關紙をみて、「三」「金」「心」「任」等のルビは「ん」ではないのか、と問はれたことがある。小生、三(さむ)、金(きむ)、心(しむ)、任(にむ)と、ルビを觸つてあるからだ。
 質問を賜はつた場合ひ、明朗賢答ではないにせよ、都度その説明をしてゐる。

 大阪の道友である、志賀智仁君の發行する機關紙「實踐」も、新春號より振り假名の記載に鋭意着手。
 はからずも阿形充規先生の仰せにより小生、惡戰苦鬪、振り假名の記載を始めたことは再三申し上げたが、今更らながらこれが實に苦勞を倍して猶ほ餘りある宜い勉強となつてゐるのだつた。

 さて。本日、御惠投いたゞいた「かなづかひ」第十號(「正かなづかひの會々報」平成廿三年二月十一日發行)を拜讀。
「ん」についての記載があつたので、こゝに謹寫申し上げる。


●松岡隆範氏『國語の基礎(第二囘) ――「ン」「ん」に就て―― 』に曰く、
『「いろは」四十七文字に撥音を表す「ん「」は無い。「いろは」に於ては此の音は「む」の中に含まれてゐると考へられてゐるからである。
 五十音圖は片假名の形で成立したものであるが、「ン」は五十音のどの行にも歸屬し得ないので欄外につけ加へられてゐる。
 平假名「ん」の字源は无(無)の草書體とされてゐる。
 片假名「ン」の字源は「尓」の下略の形だとされてゐる。共に初めは撥音の記號であつて文字とは見なされてゐなかつたが、後に文字として扱はれるやうになつたのである。
「ん」「ン」と云ふのは日本語の音韻にあつては非常に特殊なものなのである。

 幸田露伴はその「音幻論」の中で「ン」を取上げて論じてゐる。
 まづ「ン」だけを讀む時は「ウン」と二音に讀んでゐる。
 マ行すなはちm系のものか、ナ行すなはちn系のものか、どちらとも言へる不明瞭なものだと言つてゐる。此の字はム・ン・ウ・ニ等の音の性質を兼ねてゐると認めてゐる。
 全く口を閉ぢて舌を收め、口腔の運動を閉塞せしめても出し得る音で母音とも子音とも云ひ難い音であると言つてゐる。
「アイウエオ」の母音以外の音、例へば「カ」は、カの音は最初の一瞬だけで後は「アー」と云ふ母音しか殘らない。カ行音、サ行音以下すべてさうである。
 ところが「ン」は、口を閉ぢ、口腔運動をしないで、ただわづかに鼻腔から息を漏らすだけで「ンー」と連續的に發音することが出來る。
 即ち元來假名文字では表せない音なのである。
 以上が幸田露伴の「ン」に就ての論である。

 次に橋本進吉が「文字及び假名遣の研究』の中で「ン」の發音と字源に就て陳べてゐるのでそれを紹介する。
 先づ發音に就て。「山」も「三」も今日我々は「サン」と發音してゐるが、古くは「山」はsan、「三」はsamと發音してゐた。因・巾・斥・身・人はin、kin、sin、jinであり、音・金・禁・心・任はom、kim、kim、sim、nimであつた。
 此のnとmを如何に書き表してゐたかと云ふと、nには通常「ニ」の假名、mには通常「ム」の假名を用ゐてゐたのであると言つてゐる。
 さうして字源としては「ん」は无(無)の字から、「ニ」は「尓」から出てゐるとしてゐる。

 こゝでは「ん」「ン」が日本語の音韻の中で極めて特殊なものであると云ふ事を、幸田露伴と橋本進吉の論を參考として觸れたのである』と。
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by sousiu | 2011-03-06 21:30 | 良書紹介

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